ブラジルでビル崩壊、8人死亡26人けが サンパウロ
【サンパウロ=岩田誠司】ブラジルのサンパウロ市内で27日朝(日本時間同日夜)、2階建ての商業ビルが突然崩れ、少なくとも8人が死亡、26人が負傷し、病院に運ばれた。
地元紙「エスタード・デ・サンパウロ」によると、建物は衣料品量販店として使われる予定で改装工事中だった。建物の所有者の弁護士は、地元テレビ局の取材に対し、店側が所有者に無断で建物を改築してエレベーターや階段を設置していたと話しており、施工業者が当局の許可を得ていなかった可能性も報じられている。
ブラジルでは昨年1月、リオデジャネイロ中心部でビル3棟が突然倒壊し6人が死亡。今年2月にも東洋人街で知られるリベルダージ地区で改装中のレストランが倒壊し1人が死亡している。
http://www.asahi.com/international/update/0828/TKY201308280036.html
2013年8月29日木曜日
イエズス会が奴隷商人だった件
2013年8月28日水曜日
イエズス会@シリア
Report: Jesuit kidnapped in Syria was meeting with rebel forces
CWN - August 27, 2013
Before he was kidnapped, Father Paolo Dall’Oglio traveled to Ar-Raqqah, a north-central Syrian city of 220,000, to smooth tensions between rival rebel groups, according to a report from the Fides news agency.
, had been expelled from Syria. According to the Fides report, which cited anonymous local sources, Father Dall’Oglio reentered Syria with the help of Kurdish rebels and praised the Syrian revolution during a demonstration. He reportedly entered Ar-Raqqah to open a line of communication between the jihadists who control the city and the Free Syrian Army, the principal rebel group.
http://www.catholicculture.org/news/headlines/index.cfm?storyid=18841
色々隠蔽するために暗躍されてますなあ・・・(爆w
2012年8月23日木曜日
ドイツがイエズス会にロックオン
最近の一連の出来事の流れから察するにそういふことでしょうなあ・・・
バイオリン名器押収:交渉難航「体の一部もぎ取られた」
毎日新聞 2012年08月22日 20時03分
【ベルリン篠田航一】ベルギー在住の世界的なバイオリニスト、堀米ゆず子さん(54)がドイツ・フランクフルト国際空港でバイオリンの名器ガルネリを押収されたことについて、空港の税関報道官は22日、毎日新聞の取材に「高価な品は申告しなくてはならず、関税の支払いがなければ返還には応じない」と述べた。
堀米さんは今月16日、東京からブリュッセルに向かう途中の乗り継ぎで同空港に降りた際、申告せずに手荷物として持っていたガルネリを押収された。ガルネリの評価額100万ユーロ(約1億円)の19%にあたる19万ユーロ(約1900万円)の関税の支払いを求められ、返還交渉は難航している模様だ。
堀米さんは「ブリュッセルの自宅に戻り、仕事の道具だという証明書を(ドイツ税関側に)提出したが、まだ戻ってこない。体と魂の一部をもぎ取られたようで悲しい。全世界の器楽奏者が不安なく旅行できるよう対処をお願いしたい」とコメントした。
http://mainichi.jp/select/news/20120823k0000m030046000c.html
2012年7月6日金曜日
2012年6月13日水曜日
長年、小沢一郎を陰で支えてきた某創価学会幹部から小沢サマナの皆様に愛をこめて
小沢さんのアフォ工作員があまりソウカガー!と騒ぎすぎるから某創価学会幹部がこの微妙なタイミングで特大ウンコ!(爆w
まあ表向きはそういふことにしてさっさととんでとんでしとかんともし福島原発事故の真相が明るみに出てしまったらもう日本国内ではお天道様の下を堂々と歩けなくなってしまうでしょうからね。(w
小沢和子夫人のこの行為は裏切りではなく夫人にとって小沢一郎の飼い主の方々の合意を得てのことだとおいらは思います。(爆w
和子夫人はこうも綴っている。
「かつてない国難の中で放射能が怖いと逃げたあげく、お世話になった方々のご不幸を悼む気も、郷土の復興を手助けする気もなく自分の保身の為に国政を動かそうとするこんな男を国政に送る手伝いをしてきたことを深く恥じています」
まあ表向きはそういふことにしてさっさととんでとんでしとかんともし福島原発事故の真相が明るみに出てしまったらもう日本国内ではお天道様の下を堂々と歩けなくなってしまうでしょうからね。(w
小沢和子夫人のこの行為は裏切りではなく夫人にとって小沢一郎の飼い主の方々の合意を得てのことだとおいらは思います。(爆w
2012年5月25日金曜日
フンボルトペンギン 337番 リターンズ!(w
「大脱走」ペンギン、82日ぶり保護…外傷なし
東京都立葛西臨海水族園(江戸川区)は24日、同園から3月に逃げ出したフンボルトペンギンを捕まえたと発表した。
脱走が発覚してから82日ぶりの保護。
同日深夜、水族園は記者会見を開いた。それによると、午前11時頃、江戸川にかかる行徳橋(千葉県市川市)付近の住民から「ペンギンを見た」との情報が寄せられた。同園の職員が現場に向かい、午後5時半頃、ペンギンが岸に上がって休んでいるところを職員が素手で捕まえた。現場は、同園からは直線で約9キロの距離にある。ペンギンには外傷などは見られず、元気な様子で、栄養状態も問題ないという。
逃げていたペンギンは昨年1月に同園で生まれた。体長は60~70センチだが、まだ幼鳥で性別は不明。名前はなく「337番」という識別番号で呼ばれていた。右の翼に識別用の黄色いリングを付けている。
(2012年5月25日00時26分 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20120524-OYT1T01129.htm
ペンギン = 日本人 (爆w
要するにですね・・・
当時、イエズス会が日本人を洗礼してしまったんでバテレン側的には少なくとも洗礼した日本人は立派なキリスト教徒の人間であり、もう家畜・奴隷として扱えなくなってしまったわけです。(爆w
黒人の場合は洗礼前だったので奴隷として扱う事がキリスト教的には許されたわけです。
でも名前に十字架、例えば「田」が含まれてる連中を奴隷として扱うなんて罰当たりな事はできなかった。(爆w
だから完全植民地化せず洗礼した連中、例えば徳川イエズスとかに天下を取らせて背後で支配するといふ方式にせざるを得なかったわけです。(w
日本の経済大国としての繁栄はイエズス会のお陰でもあるわけです。(爆w
2012年5月21日月曜日
イエズス会の紋章、IHSの真の意味1
WIKIPEDIAをツギハギしてみますた!(爆w
→Ra Horus
HIS → IHS
、、、(w
Curiously, the symbolism of the three nails arrayed as pictured above pre-exists Christianity; it is found occasionally on amulets to solar deities and may have once had a different meaning.
→Ra Horus
HIS → IHS
he could also be depicted as a ram, a bull or a crocodile
Frequently described mythologically as father of snakes
、、、(w
イエズス会の紋章、IHSの表の意味
→ギリシャ語
小林古径展(6月7日-7月18日、東京国立近代美術館)に行った。そこで1枚の絵に出会い、それがもとで、とんでもない方向に関心が広がってしまった。
1枚の絵とは「極楽井」(1912)だ。展覧会のチラシに載っている上の写真がそれである。
左端に立っている娘の着物の模様は大きな円に「IHSと十(字架)」、その下に十字架の「3本の釘」であろうか、それが描かれている。
IHS(Iesus Hominum Salvator、人類の救世主イエス)はイエズス会の紋章。
東京国立近代美術館の学芸員の話によると、この絵は「南蛮文化を反映した桃山時代の風俗画」である。
イエズス会は1534年にイグナチオ・デ・ロヨラらによって結成され、1549年にはフランシスコ・ザビエルが鹿児島に上陸しキリスト教を日本に初めてもたらした。神戸市立博物館にある「聖フランシスコ・ザビエル像」は江戸時代初期に礼拝画とした描かれたもので、その絵には大きく《IHS》が描かれている。
キリスト教は、伝来から半世紀は信長らの保護もあり大いに発展した。桃山時代につくられた工芸品にも《IHS》の紋章がいくつも残されいる。ミサで使われるオスチア(聖餅)を入れる容器の蓋などに、それを見ることができる。例をみると--
花樹鳥獣蒔絵螺鈿聖龕(せいがん、桃山時代・名古屋市博物館)
萩螺鈿蒔絵聖餅箱(桃山時代・サントリー美術館)
桜橘桐螺鈿蒔絵書見台(桃山時代・サントリー美術館)
葡萄蒔絵螺鈿聖餅箱(桃山時代・鎌倉の東慶寺)
南蛮象牙蒔絵茶入(愛媛文華館)
などである。
これらキリスト教の祭具は宣教師らの注文でつくられたり、輸出されている。
この絵を見ていてさらに気がついたのだが、右端の水色の着物の娘の手もとを見ると、緑色の、恐らくロザリオと考えていいのだろう、それが描かれている。
古径は、この絵を29歳の時に描いているのだが、翌々年の31歳の時には「踏絵(異端)図」を発表している。
問題は、古径がなぜ《IHS》の紋章を着物に描いたのか、ロザリオとおぼしきものを描き込んだのか。次にこの問題にせまってみよう。
まず小林古径の年譜をたよりに経歴をみてみる。
小林古径は1883(明治16)年2月11日、新潟県中頸城郡高田(現在の上越市大町)に生まれた。
16歳の時すでに上京して梶田半古の「半古塾」に入いる。
同じ画塾の三好マスと結婚した29歳の時、「極楽井」を第6回文展に出す。
1914年、31歳の時に第1回再興院展に「踏絵(異端)図」を出し、日本美術院同人に推挙された。
1922年、日本美術院の派遣で渡欧。大英博物館で中国上代絵画「女子箴図巻」を模写。
1950年、文化勲章を受章。
1957年、死去、享年74。
古径の故郷・高田は、徳川家康の6男、松平忠輝が1614年に高田城を築いた城下町である。
忠輝は1606年に13歳の伊達政宗の娘・五郎八姫(いろはひめ)と結婚する。五郎八姫は何時なのか分からないが、「洗礼を受けた」と言われている。
忠輝も当時は禁教のはずのキリスト教を信仰、海外密貿易の疑いがかけられた。
1615年大坂夏の陣ではキリシタンの多い大坂城への攻撃をためらった、との噂がたったほどである。
こうしたことが重なり家康没後の1616年、幕府は忠輝を改易、伊勢朝熊(あさま)へ配流とする。
朝熊の2年後に飛騨高山城に預けられ、1626年に諏訪高島城に移り、そこで58年間過ごし92歳で死去している。
上越市西城町にあるカトリック高田教会には、ステンドグラスに五郎八姫が描かれているほどで、忠輝と五郎八姫が当地にキリスト教を受け入れる土壌を育てた影響は小さくない。
こうした土壌に育った古径に、キリスト教はどのように映ったのだろうか。「極楽井」を描かせる動機付けとなるものがこの地で培われたのだろうか。結び付けようとするには、かなり無理があるが、そんなことを考えてみるのも面白い。
画題の「極楽井」は、良く知られている東京・小石川にあるものだ。
伝通院の開山・了誉上人が応永22年(1415)、当地に庵を結んだ。ある日、竜女が了誉上人の心に打たれた。その報恩のしるしとして水が湧き出した。これが極楽水と名付けられたといわれている。
古径は小石川のこの近くに住んでいたことがある。明治40年から大正4年までで、当時の町名表示では弓町1丁目7(現在は本郷1-28)。
近くの「極楽水」の言い伝えをヒントに「極楽井」を描いたのだろうか。汲んでいるのは単なる湧き水ではなく、「聖なる水」とでもみているのだろうか。そんなふうに考えても、何故キリスト教に関連付けたかの回答にはならない。
洋画はもちろん、日本画でもキリスト教を題材にした絵はよくみかける。その画家がキリスト教徒であるかどうかではなく、いわば題材になりやすいということがあるからなのだろうか。
音楽の世界でも宗教曲といったジャンルがある。キリスト教徒であるかどうかではなく、それは演奏され、聴衆を惹きつける。仏教や神道の家が多いわが国で、ヘンデルの「ハレルヤ」を気持ちよく歌っている人は多い。
もしかしたら、古径の「極楽井」もこのレベルのことかも知れない。文化勲章を受章した画家の作品ということでバイアスがかかってしまってはいけない。
参考:石井昭示「文京ゆかりの画塾・美術学校」(文京ふるさと歴史館編・1993)
谷 英治「明治美術史研究」
小林古径が画題とした「極楽井」を訪ねてみよう。
東京・文京区の茗荷谷駅(丸の内線)から歩いて10分そこそこのところだ。
春日通りから播磨坂に入って200㍍ほど行くと右手に23階建てマンション「小石川パークタワー」がある。その敷地内に「極楽水」がある。
樹木は生い茂り、遊歩道が整備され、こんこんと水が湧いていてもよさそうな環境だ。しかし-。
「極楽水」があるところは、もともとはこのマンションの《麓》にある宗慶寺の境内だった。
マンション建設では、ビル風、景観、「極楽井」の保存などで住民と施主(三井不動産)との間で随分ともめたようだ。清水建設によって1991年竣工、地下2楷、地上23階、延べ床面積26500平方㍍。
宗慶寺の住職から話を聞いた。
「極楽井は保存されたが、湧き水は途絶えた」と住職。
住職は寺の一角に井戸を掘った。
「この地域では30㍍で水が出るが70㍍掘った。文京区が井戸水を検査したところ飲料水になる-ということから《非常時用井戸/防災協定井戸》として登録されている」
お寺の前に大手の共同印刷がある。「戦時中、ここで軍票が印刷されていた。敵もそれを知っており集中爆撃した。お寺も丸焼けになった。中学のときだった」
「この辺には東大の先生が大勢住んでいた。当時は給料がよかったんだろうね、戦時国債を買うよう町会に割り当てられたんだが、消化しきれないと先生が引き受けてくれた」
「東大の先生が鉄扉の立派な防空壕をつくりそこに避難したが、熱で鉄扉が膨張して開かなくなった。外に出られず《蒸し焼き状態》になった」
戦後60年、住職は当時をたんたんと話した。
「極楽井」の絵には着物にイエズス会の紋章が入っており、いわば《キリストの絵》、小林古径はどうしてそんな絵を描いたのか--」とわたし。
「うちにも切支丹灯籠がありますよ」と住職。
話はあちこちに飛んだ。1時間におよび、弾んだ。
宗慶寺:応永22年(1415)了誉上人創開。浄土宗。松平忠輝の母・茶阿局を埋葬してから 、その法名か ら宗慶寺と改称。松平忠輝は、小林古径展(2)を参照。
軍 票:正式には軍用手票。戦地・占領地で軍が物資調達や給料などの経費を補うために政府が発行した紙幣。
写真は、涸れてしまった「極楽井」
参考:「文京の文化史」(文京区教育委員会、1976)
、、、(w
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