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2013年3月10日日曜日

戦時中の汪兆銘政権の財政顧問、福田赳夫にとって米帝の天皇陛下に対するリスペクト表明は迷惑千万



とかある意味、下記の読売新聞さんの記事ような情報開示を可能にしたのは民主党政権の一番大きな功績かと・・・(w
日本を負け戦に導いたのか三国人と宜しくされてた連中と三国人と皇室本家以外の皇室乞食的な宮家どもだったといふ事実が一般国民にもばれてしまう日が近そうですなあ・・・
おいらは311後、既にバラしてますが。(爆w

天皇・ニクソン会見「迷惑」…政府が米に不満

外務省は7日午前、1971年の昭和天皇とニクソン米大統領の会見に関する資料など外交文書72冊を公開した。

史上初の天皇と米大統領の会見について、日本政府は昭和天皇が政治利用される事態を懸念、「迷惑千万」としていたことが分かった。日本側は昭和天皇の意向で会見受け入れを決めており、象徴天皇制の実態を知る上でも貴重な資料との指摘が出ている。

会見は同年9月27日、米アラスカ州アンカレジで行われた。欧州諸国歴訪の際に搭乗機の給油のため立ち寄った昭和天皇を、大統領夫妻が現地で迎える異例の形をとった。

公開文書によると、日本側は同年2月23日、アンカレジの日本総領事館に「(米側の)接遇は何ら期待しておらず、むしろ遠慮したい」との公電を送っていた。ところが、8月5日になって、米国務次官から牛場信彦駐米大使(当時)に会見の希望が伝えられた。

当時は繊維交渉やニクソン・ショックで日米関係が悪化していたため、日本側は「儀礼的なものとし、絶対に政治色を帯びさせないこと」などを条件に受け入れた。ただ、米側は「米国の慣行はまず両首脳のみで30分間、引き続き30分間随行者を交えて会談する」など首脳会談なみの日程を提示会見時間を短くするよう求めた日本側と折衝が続いた。

こうした経緯をふまえ、福田赳夫外相(後の首相)は牛場大使あての9月20日の公電で、「お立ち寄りに過ぎないことを忘れたかの如き非常識な提案で、わが方としては迷惑千万である。日本人には天皇陛下を政治会談に引き込まんとしたとの印象を与える」と不満を示した
(2013年3月7日13時24分 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20130307-OYT1T00642.htm?from=ylist

わが方としては迷惑千万である。

まあ確かに当時のニクソンは自分のために天皇陛下を利用しようとしてたわけですが、小沢と鳩山が仕切った反日国家のボスとの強制会見ならとは異なり、勝戦国側のボスがアンカレッジくんだりまで出向いてまで会見を望んでたわけで、どちらかといふと勝戦国側なのに天皇陛下の存在を重視し大いにリスペクトしてるといふ構図なわけでそれでは迷惑千万な人たちが日本国内や欧州方面にいたわけですな。(爆w

何故迷惑千万だったかといふと・・・



→戦時中は汪兆銘政権の財政顧問





→フランス






で、



→近衛文麿





遺体を小牧飛行場から飛行機に乗せて送り出す際には、小磯国昭重光葵ら当時の政府閣僚、近衛文麿東条英機重臣などが見送りに訪れた。南京郊外の梅花に埋葬されたが、墓を暴かれる恐れから、棺はコンクリートで覆いがされた。

、、、(爆w

 で、売国新聞こと朝日新聞がまた三国人どものために日本を負け戦に導こうと必死なわけです。




、、、(爆w

おまけ

site:tokumei10.blogspot.com 横手