2016年9月15日木曜日

児玉機関とか水谷機関とか里見機関とかと蓮舫のパパ







2010年09月05日
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児玉誉士夫とは何者であったか五十二 人脈ができれば道楽みたいなカヌーの輸入業もできるよね (9)
カテゴリ:カテゴリ未分類
http://www.geocities.jp/showahistory/history06/51a.html
次いで児玉ルートからも逮捕者が出る。6月29日、所得税法違反でシーポニア前社長の水谷文一(63)が逮捕、水谷は児玉が関わったジャパンラインの株売買に絡んでの脱税での逮捕だったが7月19日に処分保留で釈放された。

この水谷という方は 児玉センセイとは 上海時代からのつき合いで 東洋精糖の総務部長を勤めたりして 数々の仕手戦にも 名前の出てくる方です シーボニアとありますが ちょっと名前のちがう会社でしたら 面白いところがあります

http://www.riviera-r.jp/company/
たぶん ここではないかとおもいますが さて 岩田幸雄もヨットをやっていたようですが 

父 兼正は 日本のヨットマンの先駆けの一人だった 若き日の石原慎太郎 裕次郎兄弟も出場していたヨットの外用レース 大島レースで優勝し その趣味が高じてイギリスからヨット用のペンキを輸入する会社を興した 僕も子どもの頃は神奈川県三浦市 油壷のヨットハーバーからセーリングに連れだされたものだ 現在は葉山でカヌーの輸入販売を営んでいる 
白洲家の流儀 白洲信哉 小学館新書

妙に近いところなのが気になりますが 住吉会の舎弟さんたちが 吉原のおしぼりの納入をするように ヨット用のペンキを納品できれば 儲かりますが 実際はどうだったんでしょうか
児玉センセイと 鎌倉の文士たちとのつき合いから 考えれば 十分あり得る話なんですから
http://plaza.rakuten.co.jp/junksai/diary/201009050001/








水谷機関・水谷文一について
第052回国会 衆議院 商工委員会 第5号 昭和41年10月18日 ○板川委員 (台湾バナナの輸入は昭和38年に)自由化しましたね。(しかし台湾側では) 統制をした。ですから、日本でバナナを輸入するためには、台湾からオファーをもらわなくちゃ輸入はできない。
この大亜産業田清ともう一人は水谷文一、どちらも取締役で、水谷が代表取締役。上田清は、上田さちという女の名前、これはたぶん奥さんだろうと思うのですが、その主人だろうと思う。
上田清と二人が三十九年に台湾に行った。(略)当時台湾はバナナが非常に増産をされておって、ぜひ日本でもっと買ってもらいたいところだった。そこで台湾 の要人と会ったときに、バナナが日本に大量に入るためには関税を引き下げてほしい、七〇%は高い、五〇%ぐらいにしてもらいたいという要望だった。その関 税を引き下げるためには国内でいろいろの運動のしようがある、ということで、割り当て権をもらってきた、こういう事実だろうと思う。
そうして割り当てをもらって、それで三十九年末ですか、四十年二月にはすでにバナナの輸入をとっておる。ところが四十年三月に、台湾のバナナ業界の首脳が十二、三名日本へ来ている。日本に来て、船田(中)前衆議院議長の公邸で接待を受けている、こういう事実がある。
ところが、参議院でこの船田さんの問題が取り上げられたときに、船田前衆議院議長と蓮実秘書がどういうことを言っているかというと、(略) これは十月二 十七日の日本経済新聞ですが、「蓮実君は私の秘書だが、大亜産業とか、そういう会社に関係しているなどということは全く知らない。まして台湾バナナに関係 しているなどということも私の全く知らないことだ。」 こう言っておる。
(略)
そしてまたこの台湾バナナ業界の面々十名、これは名前を言ってもいいですが、台湾青果公会、これは業者団体ですが、ここの理事長の王諸回、あるいは台湾省 青果運銷合作社聯合社、これはやはり生産団体ですが、首席理事の謝敏初、省農会の留金約、台湾青果産蕉聯営委員会総幹事路国華、こういう連中を引き入れて 議長公邸で接待をしておる。しかもこの席上に蓮実も水谷も当然打ち合わせをして参加しておるですね。
(略)
大亜産業から大亜通商にくらがえするときに業界でこういう話があったそうです。船田さんが業界から足を洗うのは困るのだ、なぜなら、彼が業界に入っておれば金を使わなくても運動を頼める、
(略)
この輸入組合の名簿を見ますと名前は変わっております。代表者も変わっております。しかしこの買い取った大亜通商という会社の代表取締役というのは、全芭 連の事務局長です。(略) 二宮正之という人です。(略)おそらくこれは世間の目をごまかすための名義の変更にすぎないだろう、こう思うのですね。こういうくらい、まあバナナにはい ろいろの保守党の政治家が関係しておる。
そこで、もう一つ私は問題にしたいと思うのですが、三興商事株式会社というのが輸入組合の名簿にありますが、この三興商事株式会社
というのはいつできて、代表者の氏名はどういうのですか、それを知らせてほしいと思います。
○原田説明員 三興という字は三つの興きるという字を書く商事でございまして、これは千代田区永田町にある会社でございまして、代表者は謝哲信という方でございます。
※引用注:謝哲信は先日スキャンダルで退任した蓮舫の父親
○板川委員 現在の代表者は謝哲信という方です。代表取締役、これは最近かわったんです。前の代表取締役はだれかというと、私が会社の謄本をとったところによると今松治郎である。
(略)
ところが、その取り上げた三日後には、これはいかぬということで、今松治郎代表取締役は十月二十一日に辞任して、そして謝哲信なる者が十月二十一日に代表取締役にかわっている。これは大臣、資本金百二十五万円です。
大亜通商というのは三千万円。三千万の会社、百二十五万の会社、これはみんなペーパー業者ですよ。まだ幾らでもありますよ。永興産業、二百万の会社、とに かくこういうペーパー業者が大体六百七十五社のうち半分近くいるというのです。紙だけでもうけているのです。紙だけで食っているのです。
<以上引用>
※水谷文一はロッキード事件でも児玉誉士夫の側近として名前が挙がる人物。
断想集 第605話 堀田さん、お久しぶりです 大岡玲=編 『文芸誌「海」対談集』 本との出会い・ホントのつきあい 堀田善衞と開高健の対談のテーマは「上海時代」。堀田さんが上海にいた第二次大戦末期から敗戦後しばらくにかけての出来事が語られる。
同時期に上海にいた武田泰淳が縦軸となり、開高健が聞き役で主に堀田さんが語る展開となっているのがちょっと残念。(略) 堀田ファンとしては、もっと堀田さんご自身を語って貰いたいという想いが離れない。
※引用注:あまり自分から語りたくないことが色々ある訳ですよ。
(略)(日本がポツダム宣言を受け入れるという情報が8/15前に出回りだしたことに)関連して、(堀田善衛の情報源として)当時はソ連は中立国でその情 報が正確だったためソビエト大使館の出す「時代日報」が貴重な情報源であった(218頁)というのも目から鱗の話である。
いつもながらの的確な(ほかのひととはひと味違ったルートでの)情報の収集力とそれを見出す嗅覚の素晴らしさに感心する。別の話になるが、上海でモスクワ放送を聞いていた堀田さんは、ヨーロッパではバチカン放送を聞く。
(略)
(堀田は)名取機関・水谷機関とは付き合うが、さすがに児玉機関と付き合うことはなかった(217頁)という危うい話や、堀田ファンとしては有名な、敗戦 時に「中国文化人に告ぐるの書」と題するビラをまこうとした話(222頁)なども語られる(ビラをまくことは寸前になって中止)。
<以上引用>
ただの暴力装置である水谷機関とは交流が持てても、物資調達機関である
上位系統の児玉機関はより危険な存在である、という点に注目したいところ
です。
http://blog.livedoor.jp/k_guncontrol/archives/51374012.html










日本が自分で自分のケツをまたちゃんと拭けないようなら諸悪の根源たる皇室をサクリファイスするか日本とその国民数百万人をまたサクリファイスするかですかねえ・・・(爆wwwwwwwwww



おまけ

3 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

担当局長 石原氏の主張「違う。知事の方から“検討してみろ”」

 2008年当時、都知事だった石原慎太郎氏が豊洲新市場の「地下にコンクリートの箱を埋める」案について発言したことをめぐり、石原氏と当時の市場長の意見が真っ向から対立しています。

 「要するに箱ですね、コンクリートの。それを埋め込むことで、その上に市場としてインフラを支える、そのほうがずっと安くて早く終わるんじゃないかと」(東京都 石原慎太郎知事<当時> 東京都HPより 2008年5月30日)

 豊洲新市場の土壌汚染対策をめぐり、2008年5月、当時の都知事・石原慎太郎氏は会見で「建物の地下を盛り土ではなく、コンクリートの箱にする」という案を都の幹部に伝えていたと発言していました。

 これについて、15日、石原氏が取材に応じました。

 「私は下から聞いたことを皆さんに報告しただけ。(Q.下というのは?)市場長」(石原慎太郎 元都知事、15日)

 市場長から上がってきた意見を報告しただけと話す石原氏。しかし、当時の市場長は15日、反対に「石原氏から指示を受けた」と話しました。

 「あの会見の内容は私が指示を受けた」(当時の市場長 比留間英人氏、15日)

 最終的に地下にコンクリートの箱を埋める案は実行されませんでしたが、都は、当時の石原氏の意向が盛り土についての方針に影響を与えなかったかについても調べています。

匿名 さんのコメント...

バナナ

TOKMA テレンス・リー http://tokumei10.blogspot.com/2016/09/blog-post_54.html
TOKMA 蓮舫 

>TOKMA(トクマ、1966年11月11日 - )は、日本のロックミュージシャン。東京都出身。本名:椙杜 徳馬(すぎのもり とくま)。1966年、東京都にて出生。白金小学校卒業。1979年青山学院中等部に入学し、青山学院大学に進学。大学在学中には、自主映画で蓮舫と共演している。また、在学中にバンド活動を開始。1989年同大学経済学部経済学科卒業後に、アメリカ合衆国に渡る。その後帰国し、サラリーマンとしてトヨタ自動車に勤務するも退社、音楽活動に専念した[1]。

父方の曾祖父 砂田重政(1955年自民党結党時の鳩山一郎内閣・防衛庁長官、自由民主党総務会長〔2代目〕)
父方の祖父 椙杜正太郎(通産省官僚、東京帝大卒、終戦時の内閣事務官)[12]
父方の伯母 犬丸純子(元・芝パークホテル社長で実業家犬丸二郎の妻)[13]
母方の祖父 吉田彦太郎(のちに吉田裕彦)」(戦前の大手日刊紙やまと新聞 副社長、社長を歴任)


TOKMAと蓮舫のご親族
 
砂田重政 砂田勝次郎

”砂田勝次郎氏と陳杏村氏との関係は、陳杏村氏は、台湾バナナ輸出業者がつくっている連合組織である、ただいま申しました輸出同業公会の理事長もやったことがある。すなわち、台湾バナナ輸出業界の大物なんです、この人は。このことは決して知らないということはないと思いますが、いまの説明には知って言わなかったか知らないで言わなかったかわかりませんが、それが一点。
 二点は、この公会は、かつて日本が台湾バナナ輸入を自由化した当時から、国民政府によって輸出総量の五〇%の割り当てを与えられて、わが国の国内バナナ輸入業者に対して絶大な支配力を持っておる、こういう人が陳杏村。
 三つ目、陳杏村氏の令息に当たる人で謝哲義と謝哲信、こういう人がおります。今度はむすこさんのことですが、それぞれ砂田という日本人商社名をつけた多数のバナナ輸入会社を実質的に支配し、まかされております。この陳杏村氏のむすこさん二人が。たとえば、これは例として、謝哲信さんが取り締まっている会社は三興商事とか、いま言いました砂田産業その他です。謝哲義さんが取締役のポストにある会社としては福光貿易その他です。まだまだ数多くあります。それが三番目の関係です。”

匿名 さんのコメント...

戸塚ヨットスクールを支援する会会長のヨット右翼こと石原慎太郎さんwwwww