2014年5月3日土曜日

花山法皇の旅姿を模して明治時代に作られた牛馬童子像@田辺市、また破断


熊野古道 牛馬童子像、また破断 「像全体を複製に」 和歌山
2014.5.3 02:11

■田辺市教委検討 頭頂部、雨水浸入や石材が劣化

世界遺産・熊野古道のシンボル的存在として親しまれている「牛馬童子像」の頭頂部付近が破断していたことが分かり、田辺市教委が2日、発表した。市教委は「人為的ではなく雨水の浸入や石材の劣化などで自然に破損した」とし、今後、像全体を複製にすることも検討するという。

牛馬童子像は高さ56センチ、幅20センチ、奥行き42センチで、市の指定文化財。牛馬2頭にまたがった僧侶姿の童子像で、熊野詣での際の花山法皇の旅姿を模して明治24年ごろに作られたと伝わる。

市教委によると1日午後、熊野古道をガイドしていた語り部の女性が見つけ、市に連絡。市教委が確認したところ、頭頂部から下3センチ部分が幅6・5センチ、奥行き8センチにわたって破断しており、その場で接着剤で接合して修復した。

同像は、平成20年6月に頭部が切断されて持ち去られる事件があり、同じ砂岩で複製を作って修復した。持ち去られた頭部はその後、同市内のバス停ベンチで見つかり、市教委は本体に戻すか検討したが、複製をはずそうとすれば本体が破損する恐れがあるとして、現在まで複製のまま。昨年2月にも、首の部分が自然破損で外れた。

市教委の中川貴・文化財係長は「文化庁や県教委とも相談し、像全体を複製に置き換えることも検討したい」と話した。
http://sankei.jp.msn.com/region/news/140503/wky14050302110003-n1.htm




箸折峠の牛馬童子(はしおりとうげのぎゅうばどうじ)は、熊野古道中辺路和歌山県田辺市中辺路町近露)にある石像。田辺市指定史跡1971年7月26日指定)。
概要場所は中辺路箸折峠近くにある。高さ50cm程度の小さな石像。文字通り、の2頭の背中の上に跨った像である。一説には、延喜22年(922年)に熊野行幸を行った花山法皇の旅姿を模して明治時代に作られたとされる。この石像のある箸折峠の由来は、花山法皇が食事のため休憩をした時に、近くのを折って代わりにしたからといわれている。





















要するに唐様ラインの手羽先どもにより色々歴史ロンダリングされてしまってるわけですよ。(爆wwwwwwwwwww


、、、(w

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匿名 さんのコメント...

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