>菊理媛神が何を言ったかは書かれておらず、
>また、出自なども書かれていない。
>また、出自なども書かれていない。
文明元年(1469年)に吉田兼倶が撰したとされる二十二社註式には、「扶桑明月集云、・・・客人宮第五十代桓武天皇即位延暦元年、天降八王子麓白山。菊理比咩神也。」とあり、『大日本一宮記』内には菊理媛が白山比咩神社の上社祭神として書かれいる。
伯家神道
日本に古来から伝わる本来の神道の教え、つまり古神道の流派に属するこの一派は、代々「神祇伯」という、古代日本の律令制度の下に設置された神祇官の長官職を世襲する一族に伝えられてきた。
この一族が13世紀末になって白川姓を名乗るようになった為、白川伯王家、あるいは伯家と通称されている。この白川家に代々口伝で伝えられてきた教えなので、「白川流」、あるいは「伯家神道」と呼ばれたのである。
白川家は神祇官の長官たる神祇伯として、神国日本の支配者たる天皇がマスターすべき様々な行法を伝え、また歴代天皇に伝授してきたという栄光の過去をもっている。
神道には多くの流派があり、それぞれに秘伝を伝える家系があるが、宮中のみ伝えられる行法を伝授してきた白川伯王家は、なみいる神道家の中でも名家中の名家と言っていいだろう。したがって伯家神道は、天皇家を頂点と仰ぐ日本の神道の流れの本流とも言うべき流派なのである。ところがこの伯家神道は、明治に入ってから白川家とともに途絶えてしまった。しかし、伯家神道の影響は、今でも様々な形で残っているのである。
http://www.k5.dion.ne.jp/~coppe/page030.html
・・・とココラ辺りまでが本来の神道なわけですが・・・
明治に入ってから日本カルト化目的の更なるゴッド・ロンダリングが始るわけです。(爆w
例えば、後の神道に大きな影響を及ぼした平田篤胤は、白川伯王家の学頭を努めたことがあり、終生白川家と良好な関係にあった。
もっと最近の例で言えば、鎮魂帰神の行法を復活させた本田親徳も、伯家最後の学頭である高浜清七郎の友人であった。
そして、この「本田流鎮魂帰神法」を受け継いだのが、日本の宗教史上避けて通れない巨人、あの出口王仁三郎であった。
さらに、この鎮魂帰神法は、出口王仁三郎の大本教から分かれた無数の宗教に様々な形で継承されていく。もし本田が復興した鎮魂帰神の背後に伯家の秘伝があるとしたら、出口王仁三郎も、そしてかつての大本に集まった多くの宗教家たちも、すべて伯家の霊統を継ぐ者ということになる。また、驚くべきことに、伯家の霊統に連なる者の中には、驚異的な予言の才を示したものたちが数多く見られる。
日本最大の大預言者とも言われる出口王仁三郎や、『日月神示』を授かった岡本天明、さらには明治の易聖、高島嘉右衛門も、実はこの系統に属するのである。
いずれにせよ、伯家神道の教えは、明治になって失われてしまった。
しかし、である。神道研究家の間には、伯家神道の口伝とされる、ある予言が伝えられているのである。
その予言に従えば、なんと日本は2012年に滅びてしまうという。
それは、「伯家に伝えられた祝の神事を授けられない天皇の御世が百年続くと、日本の国体が滅亡してしまう」というものである。「祝の神事」とは伯家が代々の天皇に伝授する行法のこと。最後にこの「祝の神事」を受けたのが明治天皇で、大正天皇が即位した1912年から100年後が2012年にあたるのである。
・・・って感じですね。(w







