2016年12月14日水曜日

誰も傷つけてないはずの成宮クンがザ・グレート・サスケの16歳の息子のアナルを無理やり・・・(爆wwwww








しかし・・・





「フライデー」報道を受け、“知られたくないセクシャリティ”を理由に芸能界からの引退を宣言した成宮寛貴氏(34)。そんな彼に対し、元岩手県議で覆面レスラーのザ・グレート・サスケ氏が、「引退する成宮さんへ」と題するブログを投稿したのは、12月11日のことだった。

サスケ氏のブログでは、〈10年程前に愚息があなたから受けたハラスメント〉について、〈許しませんよ〉と成宮氏への怒りを綴っている。

「私のこの10年間の気持ちはどうなるの?という思いでブログを書いたんです。私は息子が傷ついたことについては泣き寝入りして、ずっと蓋をしてきた」

と語るのは、サスケ氏本人だ。現在28歳のサスケ氏の息子は15歳で上京し、父の名は伏せモデルとして活動していたが、17歳になった頃から仕事に穴をあけるようになったという。

「本人に聞いたところ、成宮さんから“1億円で寝てくれ”と言われたと言うんです。かなり強引に迫られた、と」(同)

 成宮氏の話が出ると泣き出し、

「何かを思い出すと、“痛い、痛い”とお尻をかばう」(同)

 サスケ氏の息子はPTSDと診断され、今も心療内科に通う。12月15日発売の「週刊新潮」では、サスケ氏の“告白”を詳しく掲載する。


http://www.dailyshincho.jp/article/2016/12132245/?all=1





可哀そうな息子さんの立場が・・・(爆wwwwwwwwwww

4 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

>可哀そうな息子さんの立場が
日本て上から下までそんなもんですよね。
「あの人は立派な人だから」なんて言われてる人に
逆らうどころかなびかないだけで社会から抹殺されるわけでww

しかしそれを矯正するにははびこり過ぎてる負のネットワーク、
トキみたいに子孫残せず絶滅しかありませんね。
で、中国人が新日本人になるわけね・・・

匿名 さんのコメント...

強い奴が出てきたら、女みたいに尻を出して被害者面
弱い奴が出てきたら、男のように組み伏せてだんまり

21世紀とか未来とか次世代とか新ビジネスモデルとか掲げつつ、
やってることは、ひたすら看板の掛けなおしだけで。

匿名 さんのコメント...

結局この手の輩は、抵抗できない人間を精神的
に傷つけて蹂躙することが快感なんでしょうなー

肉体的に本当に気持ち良いかどうかは別にして・・・

性質の悪い嗜好ですねぇ(笑)

匿名 さんのコメント...

電撃引退した成宮氏の知られざる仰天私生活
http://www.tokyo-sports.co.jp/entame/entertainment/638229/

2017年01月14日 16時00分

電撃引退した成宮寛貴氏

 コカイン疑惑報道が出たと思ったら、釈明をセクシャリティーな問題にすり替えて芸能界を引退した成宮寛貴氏(34)。デビュー前の10代のころ、東京・新宿二丁目に出入りし、年上男性たちと交遊していたことは、本人も2002年の段階で週刊誌の取材で認めている。成宮氏はこの“ゲイの聖地”で芸能界デビューのきっかけをつかんだ。



 当時を知る人物によれば「二丁目の飲み屋では生意気で、ゲイの友達はあまり広げないタイプだった」という。2000年のデビュー後も通い続け、知人によれば「当時、一番仲良かったのが女優Kで、2人でよく飲みに来てた。彼女、既婚だけどバイセクシャルだし」とのこと。



 10年近く前、同じスポーツジムに通っていた男性も秘話を明かす。「爽やか系俳優T、人気男性アイドルSと一緒に来てた。1人はもう結婚したけど、実は当時TとSは付き合ってたの。有名人御用達の高級ジムだから、気を許してしょっちゅうキャッキャしてたよ。成宮はTと連ドラ共演してるし、彼らのカムフラージュ役になってた」



 その道30年のゲイは「二丁目のバーやクラブ、でかいゲイイベントやハッテンバ(出会いスポット)とかに成宮が来たなんて話は皆無」と指摘する。「唯一聞いたのが4年前の夏かな。毎夏、ウチらの社交場になる公共プールに男2人で来てたって。でもプールエリアはゲイだらけだから、2階のサンデッキの隅でコッソリ日焼けしてたって」



 一般ゲイが集う場所は避け、ひそかに遊んでいたのが「売り専」と呼ばれる風俗で、二丁目バーの元店員いわく「知り合いの売り専の子が7~8年前、中目黒に当時住んでた成宮君に呼ばれてヤッて来たって」。



 前出男性からもこんな証言が得られた。「売り専のボーイを買ってるって話は、結構前から聞いてた。成宮は、日焼けして昔は歌舞伎町で働いてたようなちょっと派手な水商売っぽい子が好きで、ゲイポルノにも出ちゃうようなイケイケの子たちと個人的に仲良くなって遊んでた。4年前に他界した“ゲイポルノ界のレジェンド”真崎航とも仲良かったみたい」



 そんな交遊を通じ、ハマっていったのがクラブ遊びだった。「六本木のクラブにリムジンで乗りつけるのを3回ぐらい見た」とは地元関係者。また5~6年前、よくクラブで見掛けたという会社員もこう振り返る。



「西麻布の地下とか六本木のラーメン屋の裏とか、青山の骨董通りとか、渋谷の駅前とか神社の隣に当時あった“薬箱(ジャンキーが集まるクラブのこと)”にはしょっちゅう来てた。成宮がいたくらいでゲイは騒がないのに、本人は自意識過剰で、名前を言われたりすると露骨に嫌な顔してた。全然フレンドリーじゃなかった」



 聞けば、当時そうした“秘密クラブ”で有名人だったもう1人が俳優Hだという。「ニット帽で顔隠したりして、モデル系の男友達と来てた。目立つ集団なのに、踊りながらキスしまくってた。以前、クラブ遊びが所属事務所にバレて『悪い連中とツルむのをやめるか、芸能界をやめるかどっちかにしろ』と迫られて、一度仕事を干されたのに、まだ全然遊んでるよ」。ちなみにHは成宮氏と相容れないグループだという。



 成宮氏の疑惑写真をフライデーに持ち込み、ネット住民の追跡で結果的に身元がバレた「友人A氏」も、2002年にクラブのVIPルームで成宮氏と初めて会ったと一部取材に答えている。本人いわく、親しくなり頻繁に会うようになったのは昨年9~10月ごろから。ハーフのイケメンで自称・元モデルだが、彼自身はノンケだという。



 前出会社員によれば「成宮はフライデーの報道が出る直前の去年11月まで、西麻布とかのクラブで遊んでた」そうだ。



「ゲイとかノンケとか関係なく、イケメンをはべらして週2は来てた。ただ高い酒を飲むわけでもなく、VIPルームでドンチャン騒ぎして帰るだけ。店側は収入にもならず、場所貸ししてた感じ。なのに成宮は“来てやってるぞ”みたいな横柄な態度だから、煙たがられてた。金見せびらかして使わないんだから、あれは叩かれるよ」



 身から出たサビとしか言いようがない。