2016年11月28日月曜日

「岩波ブックセンター」経営の信山社が破産

2016-11-28 16:27

「岩波ブックセンター」経営の信山社が破産 神保町のランドマーク的存在
岩波ブックセンターの公式サイトより

東京商工リサーチなどによると、岩波書店の書籍を中心に扱う「岩波ブックセンター」(神田神保町)を経営していた信山社が、11月25日付で東京地裁から破産手続き開始決定を受けた。負債総額は約1億2700万円。

2000年設立。同社が経営する岩波ブックセンターは、人文・社会科学系の専門書、新書、文庫など、岩波書店が刊行する書籍の大部分を取り扱い、書店が集中する神保町のランドマークとして知られていた。岩波ホールが入居する岩波神保町ビルに隣接しているが、岩波書店との資本関係はない。

だが、今年10月に同社代表取締役の柴田信会長が死去。事業継続が困難になり、11月23日から休業していた。
http://www.oricon.co.jp/article/58509/




一般社団法人如水会(じょすいかい)は、一橋大学の後援等を目的とする。東京都千代田区一ツ橋に、地上14階、地下2階の高層ビル「如水会館」(1982年9月16日、如水会ビルディングとして竣工落成)を所有している。学士会館の斜向かいに位置する。元文部科学省所管。
「如水会」の名は、『礼記』の「君子交淡如水」(君子の交わりは淡きこと水の如し:才徳のある者の交際は水のようにさっぱりしており、濃密ではないが長続きする)に由来する。会員同士の良き交流が継続することを期して付けられた。命名者は渋沢栄一











岡本 厚(おかもと あつし、1954年 - )は、日本のジャーナリスト岩波書店代表取締役社長、元『世界』編集長。
1973年麻布高校卒業。1977年早稲田大学第一文学部卒業後、岩波書店に入社。
1996年から2012年4月まで『世界』の編集長を務める。朝鮮半島問題や教育問題・格差社会問題などの講演会も、司会進行やパネリストとして関わっている。1980年代には、JVC(日本国際ボランティアセンター)の創設にも関わっている。
九条の会」傘下の「マスコミ九条の会」呼びかけ人を務めている[1]

2013年5月31日に行われた株主総会後の取締役会で山口昭男の後任として代表取締役社長に就任する事が正式決定された。



世界』(せかい)とは、岩波書店が発行している総合雑誌[1]である。1945年12月創刊。「日本唯一のクオリティマガジン」を標榜している[2]
創刊号の発売日には岩波書店小売部に行列ができたこともあり、当時の編集長吉野源三郎は1946年9月号の編集後記で、全国の小売店からの注文は28万部あったが発行部数は8万部で全く注文に応えられていなかった状況を説明している。しかし、創刊から数年で発行部数は落ち、1951年頃は3万部程度であった。毎日新聞の全国読書世論調査のランキング[3]では、世界は同じ総合雑誌の中央公論(最大実売数14万部)に3~41位程度差を付けられており(1947年、1948年を除く)、購読者数や読者数はかなり差を付けられていた[4]。初代編集長は、『君たちはどう生きるか』の著者である吉野源三郎。最高責任者には岩波書店創業者岩波茂雄の親友であった安倍能成を擁した。安江良介(後の岩波書店社長であり、革新知事美濃部亮吉の下で都知事特別秘書を務めた)も長きにわたって編集長を務めた。
岩波茂雄玄洋社の総帥、頭山満に心酔しており、その正伝も岩波書店から出版する予定だったほどで[5]、『世界』も、心あるインテリ路線を目指し、安倍能成和辻哲郎田中耕太郎らオールド・リベラリストが執筆する自由主義的な文化雑誌として創刊した。しかし岩波は1946年4月に没した。そして編集長吉野源三郎の編集方針転換で政治雑誌となり、左翼的論調を取る。このことで、読者は激減。以降凋落したまま創刊時の輝きを取り戻せなかった。[要出典]

歴史教科書問題」「沖縄戦」など特定のテーマを扱う「世界臨時増刊号」や「別冊世界」も不定期発行される。


、、、(爆wwwwwwwwww


1 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

岩波 ザメンホフ
岩波 エスペラント