要するにですね・・・
皇后さまの文書回答 全文
10月20日 5時30分
皇后さまは、20日に82歳の誕生日を迎えられました。誕生日にあたり、記者の質問に対して、皇后さまが寄せられた回答の全文です。
(問)この1年も自然災害や五輪・パラリンピックなど様々な出来事がありました。8月には、天皇陛下が「象徴としての務め」についてのお気持ちを表明されました。この1年を振り返って感じられたことをお聞かせください。
(皇后さま)
昨年の誕生日以降、この1年も熊本の地震を始め各地における大雨、洪水等、自然災害は後を絶たず、これを記している今朝も、早朝のニュースで阿蘇山の噴火が報じられており、被害の規模を心配しています。
8月末には、台風10号がこれまでにない進路をとり、東北と北海道を襲いました。この地方を始め、これから降灰の続くであろう阿蘇周辺の人々―とりわけ今収穫期を迎えている農家の人々の悲しみを深く察しています。
自然の歴史の中には、ある周期で平穏期と活性期が交互に来るといわれますが、今私どもは疑いもなくその活性期に生きており、誰もが災害に遭遇する可能性を持って生活していると思われます。
皆が防災の意識を共有すると共に、皆してその時々に被災した人々を支え、決して孤独の中に取り残したり、置き去りにすることのない社会を作っていかなければならないと感じています。
今年1月にはフィリピンの公式訪問がありました。アキノ大統領の手厚いおもてなしを受け、この機会に先の大戦におけるフィリピン、日本両国の戦没者の慰霊が出来たことを、心から感謝しています。
戦時、小学生であった私にも、モンテンルパという言葉は強く印象に残るものでしたが、この度の訪問を機に、戦後キリノ大統領が、筆舌に尽くし難い戦時中の自身の経験にもかかわらず、憎しみの連鎖を断ち切るためにと、当時モンテンルパに収容されていた日本人戦犯105名を釈放し、家族のもとに帰した行為に、改めて思いを致しました。
夏にはリオで、ブラジルらしい明るさと楽しさをもってオリンピック、パラリンピックが開催され、大勢の日本選手が、強い心で戦い、スポーツのもつ好ましい面を様々に見せてくれました。
競技中の選手を写した写真が折々に新聞の紙面を飾りましたが、健常者、障害者を問わず、優れた運動選手が会心の瞬間に見せる姿の美しさには胸を打つものがあり、そうした写真の幾つもを切り抜いて持っています。
前回の東京オリンピックに続き、小規模ながら織田フィールドで開かれた世界で2回目のパラリンピックの終了後、陛下は、リハビリテーションとしてのスポーツの重要性は勿論のことながら、パラリンピックがより深く社会との接点を持つためには、障害者スポーツが、健常者のスポーツと同様、真にスポーツとして、する人と共に観る人をも引きつけるものとして育ってほしいとの願いを関係者に述べられました。
今回のリオパラリンピックは、そうした夢の実現であったように思います。
今年の嬉しいニュースの1つに、日本の研究者により、新しい元素が発見され、ニホニウムと名付けられたことがありました。
また、この10月には、大隅良典博士がオートファジーの優れたご研究により生理学・医学部門でノーベル賞を受けられました。
50年以上にわたり世界の発展途上国で地道な社会貢献を続けて来た日本の青年海外協力隊が、本年フィリピンでマグサイサイ賞を受けたことも嬉しいことでした。この運動は、今ではシニア海外ボランティア、日系社会青年ボランティア及び日系社会シニアボランティアと、更にその活動の幅を広げています。
ごく個人的なことですが、いつか一度川の源流から河口までを歩いてみたいと思っていました。今年の7月、その夢がかない、陛下と御一緒に神奈川県小網代の森で、浦の川のほぼ源流から海までを歩くことが出来ました。
流域の植物の変化、昆虫の食草等の説明を受け、大層暑い日でしたが、よい思い出になりました。
最近心にかかることの1つに、視覚障害者の駅での転落事故が引き続き多い事があります。目が不自由なため、過去に駅から転落した人の統計は信じられぬ程多く、今年8月にも残念な事故死が報じられました。
ホーム・ドアの設置が各駅に及ぶ事が理想ですが、同時に事故の原因をホーム・ドアの有無のみに帰せず、更に様々な観点から考察し、これ以上悲しい事例の増えぬよう、皆して努力していくことも大切に思われます。
この1年間にも、長年皇室を支えてくれた藤森昭一元宮内庁長官や金澤一郎元皇室医務主管、「名もなく貧しく美しく」をはじめ数々の懐かしい映画を撮られた松山善三氏等、沢山の人々との別れがありました。
国外では、この9日、文化の力でポーランドの民主化に計り知れぬ貢献をされたアンジェイ・ワイダ氏が亡くなりました。長年にわたり、日本のよき友であり、この恵まれた友情の記憶を大切にしたいと思います。
日本のみならず、世界の各地でも自然災害が多く、温暖化の問題も年毎に深刻さを増しています。
各地でのテロに加え、内戦の結果発生した多くの難民の集団的移動とその受け入れも、世界が真向かわねばならぬ大きな課題になっています。
そのような中で、この夏のリオ五輪では難民による一チームが編成され、注目を集めました。
4年後の東京では、この中の1人でも多くが、母国の選手として出場出来ることを願わずにはいられません。
世界の少なからぬ地域で対立が続く中、長年にわたり国内の和平に勇気と忍耐をもって取り組んで来られたコロンビアのサントス大統領が、今年のノーベル平和賞を授与された事は感慨深いことでした。
8月に陛下の御放送があり、現在のお気持ちのにじむ内容のお話が伝えられました。
私は以前より、皇室の重大な決断が行われる場合、これに関わられるのは皇位の継承に連なる方々であり、その配偶者や親族であってはならないとの思いをずっと持ち続けておりましたので、皇太子や秋篠宮ともよく御相談の上でなされたこの度の陛下の御表明も、謹んでこれを承りました。
ただ、新聞の1面に「生前退位」という大きな活字を見た時の衝撃は大きなものでした。それまで私は、歴史の書物の中でもこうした表現に接したことが一度もなかったので、一瞬驚きと共に痛みを覚えたのかもしれません。私の感じ過ぎであったかもしれません。
この1年、身内の全員がつつがなく過ごせたことは幸いなことでした。
1月には、秋篠宮の長女の眞子が、無事留学生活を終え、本格的に成年皇族としての働きを始めました。真面目に、謙虚に、1つ1つの仕事に当たっており、愛おしく思います。
この回答を書き終えた13日夜、タイ国国王陛下の崩御という悲しい報せを受けました。私より6つ7つ程お上で、20代の若い頃より兄のような優しさで接して下さっており、御病気と伺いながらも、今一度お会いできる機会をと望んでおりました。王妃陛下、王室の皆様方、タイ国民の悲しみに思いを致しております。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20161020/k10010735831000.html
曹渓宗(そうけいしゅう、チョゲジョン)は、朝鮮の禅系仏教宗団。韓国では現在、「大韓仏教曹渓宗」として、韓国の仏教界最大の勢力を有する。僧侶の数は約1万2000人、公式に登録されている寺院は1800(禅学院、大覚会などの未登録の寺院を含めると2800余り)を数え、国家が認定している伝統的な寺院870ヶ所余りの90%以上が曹渓宗の寺院である[1]。曹渓宗の代表は「宗正」であるが、教団の実務行政の代表は総務院長である。
概要
高麗時代中期の僧、知訥(1158年 - 1210年)を開祖とする。知訥は曹渓山松広寺を中心に、禅によって天台・華厳などの教学を包摂する教えを説いた。上流階級に天台宗が広まったのに対し、曹渓宗の教えは民衆に浸透した。仏教が弾圧された朝鮮時代も勢力をたもち、19世紀末に再び活動が盛んになった。日本統治時代には太古宗など僧侶の妻帯を認める宗団もあらわれ、曹渓宗でも解放後にこれをめぐる争いがあったが、現在も不妻帯を守っている。
現在は本山であるソウルの曹渓寺をはじめ韓国全土に寺院を擁し、また東国大学校を設立している。北朝鮮にも形式上は存在するとされる。
不祥事
- 1994年、総務院長選を巡り、改革派僧侶と現院長派僧侶の派閥対立が激化。組織暴力輩(暴力団)まで介入し、曹渓寺では乱闘騒ぎに発展し、警察が介入する事態になった。
- 2001年2月、ナヌムの家の園長をしていた僧侶がセクハラ事件を起こす。
- 2012年5月11日、白羊寺近くにある宿泊施設の一室で、修行僧らが酒を飲み、タバコを吸いながら徹夜でポーカー賭博に興じていたことが発覚し、総務院長を含む幹部6人が総辞職した[2]。後日、この件を最初に報道した仏教系インターネット放送の代表の男性に対して暴行を加えていたことも発覚した[3]。
対日姿勢
- 2009年、日韓仏教交流協議会(宮林昭彦会長)と共同で、「日本が韓国民に多大な苦痛を及ぼした歴史的な事実に対し、反省とざんげの念を深くしている」と刻まれた「人類和合共生祈願碑」を京畿道の神勒寺に建てた[4]。
- 日本の「禅(ぜん・Zen)」は間違いであり偽物、韓国仏教の「参禅(チャムソン・Thomson)」こそが本物であると攻撃[5]。
- ナヌムの家の経営に関わるなどいわゆる従軍慰安婦の問題に深く関与している。また、米国のマイク・ホンダ下院議員とは、この問題の解決に向けて意見交換をしており、同議員もナヌムの家を何度も訪問するなど積極的に交流している[6]。
- 朝鮮王室儀軌など日本を含む外国に流出した文化財を取り戻す運動と連携している[7]。
- 日本の対馬から盗まれた仏像の盗難問題に関しては「返還の可否については徹底した調査が必要だ」などとして返還に非協力的な姿勢を示している[8]。
、、、(爆wwwwwwwwww
5 件のコメント:
あの動画ネタはずっと引っかかってたので、もっと早く出せばよかったかな…こんなに濃いとは…。
ありがとうございます。
下関 旧東大坪町 - Google 検索
https://www.google.co.jp/search?q=%E4%B8%8B%E9%96%A2+%E6%97%A7%E6%9D%B1%E5%A4%A7%E5%9D%AA%E7%94%BA
清濁併せ呑む総理、と。あと個人的に色々…やっぱペヨンジュンか…
>曹渓宗(そうけいしゅう、チョゲジョン)は、朝鮮の禅系仏教宗団。韓国では現在、「大韓仏教曹渓宗」として、韓国の仏教界最大の勢力を有する。僧侶の数は約1万2000人、公式に登録されている寺院は1800(禅学院、大覚会などの未登録の寺院を含めると2800余り)を数え、国家が認定している伝統的な寺院870ヶ所余りの90%以上が曹渓宗の寺院である[1]。曹渓宗の代表は「宗正」であるが、教団の実務行政の代表は総務院長である。
>
>概要
>高麗時代中期の僧、知訥(1158年 - 1210年)を開祖とする。知訥は曹渓山松広寺を中心に、禅によって天台・華厳などの教学を包摂する教えを説いた。上流階級に天台宗が広まったのに対し、曹渓宗の教えは民衆に浸透した。
>仏教が弾圧された朝鮮時代も勢力をたもち、19世紀末に再び活動が盛んになった。日本統治時代には太古宗など僧侶の妻帯を認める宗団もあらわれ、曹渓宗でも解放後にこれをめぐる争いがあったが、現在も不妻帯を守っている。
>現在は本山であるソウルの曹渓寺をはじめ韓国全土に寺院を擁し、また東国大学校を設立している。北朝鮮にも形式上は存在するとされる。
>
>不祥事
> 1994年、総務院長選を巡り、改革派僧侶と現院長派僧侶の派閥対立が激化。組織暴力輩(暴力団)まで介入し、曹渓寺では乱闘騒ぎに発展し、警察が介入する事態になった。
> 2001年2月、ナヌムの家の園長をしていた僧侶がセクハラ事件を起こす。
> 2012年5月11日、白羊寺近くにある宿泊施設の一室で、修行僧らが酒を飲み、タバコを吸いながら徹夜でポーカー賭博に興じていたことが発覚し、総務院長を含む幹部6人が総辞職した[2]。後日、この件を最初に報道した仏教系インターネット放送の代表の男性に対して暴行を加えていたことも発覚した[3]。
>
>対日姿勢
> 2009年、日韓仏教交流協議会(宮林昭彦会長)と共同で、「日本が韓国民に多大な苦痛を及ぼした歴史的な事実に対し、反省とざんげの念を深くしている」と刻まれた「人類和合共生祈願碑」を京畿道の神勒寺に建てた[4]。
> 日本の「禅(ぜん・Zen)」は間違いであり偽物、韓国仏教の「参禅(チャムソン・Thomson)」こそが本物であると攻撃[5]。
> ナヌムの家の経営に関わるなどいわゆる従軍慰安婦の問題に深く関与している。また、米国のマイク・ホンダ下院議員とは、この問題の解決に向けて意見交換をしており、同議員もナヌムの家を何度も訪問するなど積極的に交流している[6]。
> 朝鮮王室儀軌など日本を含む外国に流出した文化財を取り戻す運動と連携している[7]。
> 日本の対馬から盗まれた仏像の盗難問題に関しては「返還の可否については徹底した調査が必要だ」などとして返還に非協力的な姿勢を示している[8]。
ぎゅうぎゅう詰めじゃないですかヤダー
site://tokumei10.blogspot.com 禅 ジョブス - Google 検索
https://www.google.co.jp/#q=site:%2F%2Ftokumei10.blogspot.com+%E7%A6%85%E3%80%80%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%96%E3%82%B9
で(横浜に拠点を構えた)アップル→北朝鮮と。
アップル儲であったり、ワンサカあるアップル依存の日本企業も、概ね…。
> 日本の「禅(ぜん・Zen)」は間違いであり偽物、韓国仏教の「参禅(チャムソン・Thomson)」こそが本物であると攻撃[5]。
>Thomson
Thomson Reuters?
>トムソン・ロイター(Thomson Reuters)は、アメリカ合衆国ニューヨーク州ニューヨークに本社を置く国際的な大手情報企業である。カナダのウッドブリッジカンパニー傘下。
>カナダに本拠を置く大手情報サービス企業であるトムソンがイギリスに本拠を置く大手通信社のロイターを買収することにより、2008年4月17日に設立された。買収価格は当初87億ポンドと発表されたが、80億ポンドに目減りした[2]。
カニダ…キムチ?
猪瀬元都知事に「熱愛」報道 蜷川幸雄の姪、有紀さんと
http://www.j-cast.com/2016/10/21281476.html
転落は
酩酊@酒
が多いし
後は自殺
だよね
全盲とか
色弱とか
(笑)
日比友好を願う記念碑を除幕
戦後、フィリピンで収容されていた日本人戦犯の赦免運動に力を尽くした画家の加納莞蕾のふるさとの安来市で、日本とフィリピンの平和と友好を願う記念碑が建てられ、除幕式が行われました。
安来市出身の画家、加納莞蕾は、知人が戦犯としてフィリピンで裁かれることになったのをきっかけに、当時のフィリピンのキリノ大統領に、40通にのぼる嘆願書を送るなど、戦犯の赦免運動に力を尽くしたことで知られます。
キリノ元大統領は、太平洋戦争で家族を日本兵に殺害されましたが昭和28年、死刑囚を含む100人以上の日本人戦犯に特赦を与える決断を下し、帰国させます。
この2人を顕彰し、日本とフィリピンの平和と友好を願う記念碑の除幕式が、23日、莞蕾のふるさとの安来市にある加納美術館で行われました。
式にはキリノ元大統領の親族をはじめ、記念碑の建設に寄付をした地元の人など、およそ200人が出席し、合図とともに、碑にかけられた幕を下ろしました。
記念碑には、昭和30年に日本を訪れたキリノに莞蕾が面会した際の写真や、家族を殺されながらも特赦を決断したキリノのメッセージが刻まれています。
式でスピーチを行ったキリノ元大統領の孫のエディー・キリノさんは、「祖父は家族や国民に、日本を憎んで欲しくなかったのです。
祖父の思いを伝えて下さっていることに感謝します」と語りました。
莞蕾の娘の加納佳世子さんは「記念碑を通じてキリノ元大統領の思いを子どもたちに伝えていきたい」と話しています。
10月23日 19時11分
www3.nhk.or.jp/lnews/matsue/4033609361.html
扉数異なる車両対応ホームドア
10月24日 16時50分
駅のホームからの転落事故を防ごうと、扉の数が異なる車両にも対応できる新型のホームドアが開発され神奈川県三浦市の京浜急行の駅で試験的な運用が始まりました。
新型のホームドアは、三菱重工業のグループ会社が開発したもので、三浦市にある京浜急行の三浦海岸駅のホームに1車両分が設置されました。
新型のホームドアはセンサーで車両の扉を感知し、扉がある場所のドアが開閉し、車両に扉が3つある場合、3つのドア、扉が2つの場合、2つのドアだけが開きます。
開発会社によりますとホームドアの多くは扉の位置や数が異なる車両に対応できず、別の鉄道会社の電車が乗り入れする駅では設置が難しかったということです。
京浜急行は試験運用の状況を見ながら、本格的な導入を検討したいとしています。
京浜急行電鉄事業統括課の須藤一樹課長補佐は「ホームドアの設置には課題が多かったが新型のホームドアによって利用者の安全向上に努めたい」と話していました。
また、新型のホームドアを見学した全日本視覚障害者協議会のメンバーの男性は「駅で危険を感じることが多かったので、1日でも早く導入してほしい」と話していました。
www3.nhk.or.jp/shutoken-news/20161024/3728951.html
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