2016年8月11日木曜日

民芸運動の元ネタは英国のマルクス主義者発祥のアーツ・アンド・クラフツ





















二〇〇五年三月。装飾芸術の殿堂、ロンドンのビクトリア・アンド・アルバート博物館は、昭和初期に民芸運動を始めた柳宗悦(むねよし)らが世に問いかけた工芸と建築の時空を超えた展覧の場となった。

十九世紀後半の英国に興った工芸革新運動がヨーロッパ、米国、日本に与えた影響をたどる「インターナショナル・アーツ・アンド・クラフツ」展。その日本部門で関心を集めたのが、京都華頂大教授川島智生(56)が一部を復元展示してみせた民芸パビリオンだ。

民芸パビリオンは、昭和天皇の即位を記念した東京・上野公園の博覧会に出展後、大阪で財界人の別邸「三国荘」として戦中・戦後を生き延びてきた。
再現したのは、浜松の旧家の主・高林兵衛が建築に腕を振るった十畳の応接室と、書院を備えた六畳半の主人室の二部屋。近代建築史が専門の川島が、現存する三国荘の内部を実測して、自ら復元設計した。
和風造りの三国荘で唯一の洋間の応接室には、暖炉も復元された。博覧会のため柳が全国各地を収集に歩いたという民芸品や浜田庄司らの陶磁、木工家 の黒田辰秋がしつらえた建具類が織りなす室内空間は、再現とはいえ、往時の「民衆の芸術」の原点を垣間見るよう。四カ月間の会期中、地元の新聞にも大きく 紹介され、各国からの来場者が絶えない盛況ぶりだった。
展覧会はその後、米国に渡り、インディアナポリス美術館などを巡回。日本でも展示内容を再構成して、〇八年から「生活と芸術-アーツ・アンド・クラフツ展 ウィリアム・モリスから民芸まで」と銘打ち、京都、東京、名古屋の各都市を巡った。
手仕事の良さを見直し、自然の中に美を再発見するアーツ・アンド・クラフツ運動。運動は世界に広がり、それに呼応するように、近代化の中で西洋の 模倣ではない日本人の暮らしの潤いを、民芸パビリオンは提案した。「よく知られた工芸品だけでなく、建築と組み合わされた総合的な住空間として、日本の民 芸を初めて欧米の人々に紹介できたのでは」。川島は今、海を渡ったパビリオンへの反響を振り返る。
http://www.chunichi.co.jp/article/shizuoka/shizu_area/folk_art/list/2014/CK2014011102000190.html


ウィリアム・モリスWilliam Morris1834年3月24日 - 1896年10月3日)は、19世紀イギリス詩人デザイナーマルクス主義。多方面で精力的に活動し、それぞれの分野で大きな業績を挙げた。「モダンデザインの父」と呼ばれる。また、架空の中世的世界を舞台にした『世界のかなたの森』など多くのロマンスを創作し、モダン・ファンタジーの父と目される[1][2]ロード・ダンセイニJ・R・R・トールキンにも影響を与えた[3]


、、、(爆wwwwwwwwwww

6 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

日本発祥()が韓国起源説と大差なくなってきた件wwwww

匿名 さんのコメント...

広くない車道、狭い歩道、狭い歩道に電柱と街路樹と植え込みと近隣住民の勝手に不法園芸活動とゴミ、ここにどのような性格の美を見いだすのか、全くわからない。
利権に基づく緑化事業は、暮らしに不便をもたらすが、どちらに重きがあるのか一目瞭然。
広い空間が確保できれば別だが、狭い歩道をさらに狭くする知恵に美意識が宿ると判断できる頭がこわい。

匿名 さんのコメント...

メンタリティーの根底に共通性があるし、文法も似ているし、上下関係の拘束も似ているし、言い訳の質も似ているし、なーなー加減でウマが合う。

♪似たモーノ同士なのーよ

だから近親憎悪で仲が悪い。
互いに自分のイヤなところを相手に見い出す。
ほどよい距離で。
それに、他国が自国をどのように評価するか、異常なほど過敏。
自分で自分を評価したくない、できない。
必要でない我慢は必要とされる。

それが良い面だけ、悪い面だけということでもないが、それを幼稚だとみなし、相手にされないとしたら困るね。

匿名 さんのコメント...

拓殖博覧会

匿名 さんのコメント...

North Korea is forcing construction workers to take CRYSTAL METH to ensure showcase apartments are built on time
http://www.dailymail.co.uk/news/article-3733642

匿名 さんのコメント...

Kropotkin shirakaba london