2015年12月3日木曜日

サンバーナディーノ銃乱射事件 犯人は敬虔なイスラム教徒


米の銃乱射 射殺の容疑者は地元郡職員と妻か
12月3日 17時32分

米の銃乱射 射殺の容疑者は地元郡職員と妻か
アメリカ西部カリフォルニア州の障害者の支援施設で数人が銃を乱射し14人が殺害された事件で、警察は銃撃戦の末、射殺した2人の容疑者が地元の郡の職員の男とその妻とみられる女だったことを明らかにしました。2人はイスラム教徒とみられ、地元のイスラム系の団体は事件を非難するとともに犠牲者に哀悼の意を示しました。
カリフォルニア州ロサンゼルス郊外のサンバーナディーノで、2日午前11時ごろ(日本時間の3日午前4時ごろ)、障害者の支援施設で数人が銃を乱射し、施設の中にいた14人が死亡、17人がけがをしました。
警察によりますと、容疑者は2人で車で逃走していましたが、事件発生からおよそ4時間後、現場から数キロ離れた路上で警察官と撃ち合いになり、射殺されました。
射殺された容疑者は、地元の郡の職員のサイード・ファルーク容疑者(28)と、ファルーク容疑者の妻とみられるタシュフィーン・マリク容疑者(27)の2人だということです。
これまでの調べで、事件の当時、施設では郡の職員らが参加するパーティーが開かれていて、ファルーク容疑者も出席していましたが、途中で何らかの理由で怒った様子で退席しており、その後、再び施設に戻り、銃を乱射したとみられています。
一方で、ファルーク容疑者らが大量の武器や爆発物を所持していたことから、警察は衝動的な犯行ではなく、以前から準備されていた可能性もあるという見方を示しています。
ファルーク容疑者らはイスラム教徒とみられ、事件のあと、カリフォルニア州のイスラム系の団体が記者会見を開いて事件を非難するとともに、犠牲者に哀悼の意を示し、ファルーク容疑者の義理の兄弟も「なぜサイードがこのような事件を起こしたのか分からない。非常にショックを受けています」と述べました。
警察は事件現場から数キロ離れたファルーク容疑者の関係先や勤務先の郡の事務所などを捜索して、動機や事件の背景について調べています。
「世界に類をみない頻度で銃撃事件」
銃撃事件について、アメリカのオバマ大統領は2日、CBSテレビのインタビューに対し、「この国では世界に類をみない頻度で銃撃事件が起きている。われわれは決してこれが普通のことだと思うべきではない」と訴えました。そして「まだ犯人の動機は分からないが、国民の安全を確保するためとるべき措置があることは分かっている」と述べ、アメリカ議会に対し超党派で銃規制の強化に取り組むよう求めました。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20151203/k10010328371000.html


容疑者は「敬虔なイスラム教徒」「おとなしくて礼儀正しい」

米カリフォルニア州サンバーナディーノで2日に起きた銃乱射事件で、米紙デーリー・ニューズはサイード・ファルーク容疑者の父親の話として、同容疑者が「非常に敬虔(けいけん)なイスラム教徒」で「仕事から帰ると礼拝に行く」青年だったと報じた。

同紙によると、ファルーク容疑者は結婚して子どもが1人いる。容疑者はサンバーナディーノ南のリバーサイドにあるラシエラ高校を2003年に卒業した後、保健衛生指導員としてレストランやホテルを検査する仕事に従事していた。

ファルーク容疑者の隣人は、同紙の取材に「非常におとなしくて礼儀正しい人。2年ぐらい前からひげを伸ばし、白く長いシャツを着て宗教(イスラム教)的な服装になった。兄弟でいつも夜11時ごろまで車庫で車いじりをしていた」と語った。
(共同)

2015.12.3 19:08
http://www.sankei.com/world/news/151203/wor1512030044-n1.html

「サンバーナーディーノ」という名は1810年5月20日スペイン出身でフランシスコ会の宣教師であったフランシスコ・デュメッツ英語版神父により、ローマ・カトリック教会の聖人であるシエナの聖ベルナルディヌス(Bernardino of Siena)にちなんで名付けられた。ロサンゼルス(Los Angles)、サンノゼ(San Jose)などの他のカリフォルニアの都市と同様、「サンバーナーディーノ」もスペイン語の"San Bernardino(サン・ベルナルディノ)"が英語風に転訛した呼称であり、カリフォルニア・ミッションの流れの中で生まれた町の歴史を物語っている。19世紀中盤にはモルモン教徒の活動の拠点がここに置かれた。1854年には一時的に正式な市となったが、わずか3年で最初の市制は終わった。再び正式な市となったのは1886年のことである。
1880年代アッチソン・トピカ・アンド・サンタフェ鉄道が、1926年国道66号線が開通すると、サンバーナーディーノは交通の要衝となった。特に国道66号線はこの街に大きな影響を及ぼした。1940年には全米最初のマクドナルドが、サンバーナーディーノの国道66号線沿いに開店した。ジャズ・スタンダードのルート66の歌詞中にはサンバーナーディーノの名が登場する。また、同国道の名を取ったマイナーリーグ野球チーム、インランド・エンパイア・シックスティシクサーズ(Inland Empire 66ers)はサンバーナーディーノを本拠地としている。

州間高速道路が開通してからは、ロサンゼルス近郊の住宅都市として発展を続けた。1991年には通勤鉄道のメトロリンクが開通した。


ロマカトDEスペインと言えば・・・





Saint Bernardino of Siena, O.F.M. (also known as Bernardine; 8 September 1380 – 20 May 1444) was an Italian priest, Franciscan missionary, and is a Catholic saint. He is known in the Roman Catholic Church as “the Apostle of Italy” for his efforts to revive the country's Catholic faith during the 15th century.[1] His preaching was frequently directed against gambling, witchcraft, sodomy and usury - particularly as practiced by Jews.

反ユダヤですな。(爆wwwwwwwww



で、



Authorities identified the dead suspects as Syed Rizwan Farook, a 28-year-old man who worked as a food inspector for the San Bernardino County Department of Public Health for the last five years,[40][41][42] and Tashfeen Malik, a 27-year-old woman.[43] Family members reported that the two were married and had a six-month-old daughter.[42] Farook was a devout Muslim according to his father and coworkers.[44][45]
Farook traveled to Saudi Arabia to meet Malik, who he had only met online.[14] A coworker of Farook said he went to Saudi Arabia in the spring for about a month and married Malik there. Farook described his wife as a pharmacist and she joined him in California shortly after their wedding. The coworker did not notice any unusual behavior, except for growing a beard, in recent months.[46][47] Two coworkers described him as quiet and polite.[14]


要するに犯人は敬虔なイスラム教徒・・・


サウジならたぶんワッハーブ派でしょう。(爆wwwwwwwww




で、被害者が担ぎこまれた病院が死ぬ死ぬ詐欺で御馴染みの・・・




、、、(爆wwwwwwwwwwww

1 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

HIV 発生の初期のヒステリックな雰囲気を思い出しました

血統主義ですか、、
それこそ最大最強の自爆シーケンスじゃないの?