2015年7月10日金曜日

安田純平@シリア

岸田外務大臣会見記録
(平成27年7月10日(金曜日)8時32分 於:官邸エントランスホール)

■シリアにおける邦人ジャーナリストの拘束疑い事案

【フジテレビ 藤田記者】フリージャーナリストで安田純平さんという方がシリアで今連絡が取れなくなっている状態にあるということなのですけれども,彼に関する情報などは外務省の方に入っているのでしょうか。

【岸田外務大臣】少なくとも今現在邦人が拘束されたという情報には接してはおりません。平素から様々な情報収集に努めてはおりますが,今申し上げたような情報には接してはおりません。

【テレビ東京 鵜飼記者】その安田さんのことなのですけれども,今シリアに入っているというのは外務省としては把握されているのでしょうか。

【岸田外務大臣】そのことも含めて私(大臣)は確認はしてはおりません。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/kaiken/kaiken4_000242.html#topic2





安田純平(やすだ じゅんぺい、1974年3月16日 - )は、日本のフリージャーナリスト
埼玉県入間市出身。埼玉県立川越高等学校一橋大学社会学部卒業。大学では湊博昭ゼミで社会精神医学を学ぶ。卒業後、1997年信濃毎日新聞入社、松本本社配属。
2002年3月休暇をとりアフガニスタン取材、同年4月文化部に異動、同年12月に休暇をとりイラク取材、2003年1月に信濃毎日新聞社を退社、フリーに。同年2月からイラクに滞在しナジャフ県バグダードサマーワなどを取材。この間イラク軍やイラク警察に数度拘束される。2004年4月14日ファルージャ近郊で武装勢力に拘束(イラク日本人人質事件)されたが17日解放[1][2]。この経緯が日本国内で大きく報道され、バッシングを受ける[3][4]
2005年1月スマトラ島沖地震で被災したアチェを取材。同年ヨルダンシリア、イラクを取材。内戦状態で取材が困難となったイラクに入国して取材するため、2007年基地建設現場や民間軍事会社事務所などイラク軍関連施設で料理人として働きながら取材をし、『ルポ 戦場出稼ぎ労働者』を記す。2012年及び2013年にはシリア内戦を取材[5][4]
2009年に歌手のmyuと結婚。少林寺拳法二段。

2015年7月10日 外務大臣会見にてシリアで拘束の疑い事案としてフジテレビ、テレビ東京の記者より質問があった。岸田外務大臣は「少なくとも今現在邦人が拘束されたという情報には接してはおりません。」と回答している。


湊 博昭(みなと ひろあき、1948年3月7日 - 2006年10月3日 )は、日本の医学者精神科医。専門は社会精神医学、研究領域は、青年期危機の精神医学的研究、スチューデント・アパシーの臨床研究、青年期精神医学の研究。徳島県生まれ。 一橋大学での湊ゼミで学んだ学生には、漫画家倉田真由美黒田硫黄ジャーナリスト安田純平らがいる。
一橋大学の他、東京大学(駒場・本郷)、東京工業大学中央大学などの保健センターでも非常勤講師として、学生の診察を行っている。ただし、2006年3月、体調不良のため全て辞職。一橋大学でも、講義・演習は辞退したが、保健センターでの診察は同年9月に帰宅途中の国分寺駅で脳出血で倒れるまで継続した。
また東京大学の助手時代から週末には東京都内の精神科病院で診察を行っており、晩年は自らの治療の為休診がいくどかあったものの、これも倒れるまで 継続していた。ここでも患者からの信頼は極めて厚いものがあったが、学生時代に診た患者の幾人かについてはここで大学を離れた後のケアも行っていた。

2006年10月、58歳で死去。前任の稲村博(精神科医、斎藤環の指導教官)に続き、一橋大学保健管理センター教授のポストにある者が、二人連続定年前に死去することとなった。
















、、、(爆wwwwwwww

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