鹿島学園理事長を強姦致傷容疑で逮捕 サッカー強豪校
2015年4月3日18時42分
茨城県警が同県鹿嶋市の学校法人鹿島学園理事長で鹿島学園高校校長の余湖(よご)三千雄容疑者(71)を逮捕監禁と強姦(ごうかん)致傷の疑いで逮捕していたことが、捜査関係者への取材でわかった。容疑を認めているという。
捜査関係者によると、余湖容疑者は3月31日夜、知り合いの女性を県内の自宅に連れ込み、強姦してけがを負わせた疑いがあるとして、2日に逮捕された。
鹿島学園は2日、余湖容疑者の理事長職を解き、懲戒解雇処分とした。
同校サッカー部は全国高校選手権に7回出場した強豪。2008年度の第87回大会では4強入りした。
http://www.asahi.com/articles/ASH434H4BH43UJHB00G.html
コレも朝鮮総連本部関連でしょ。(爆wwwwwwwww
鹿島学園高等学校(かしまがくえんこうとうがっこう)は、茨城県鹿嶋市にある私立の高等学校。鹿島学園、市内に鹿島高校があるため学園と略されることもある(ただし市内には清真学園高校も存在する)。
1984年10月、就学人口増加のため、鹿島町は町議会で「県立高校誘致推進協議会」を設置するも、県側からは県立高校は設置しないとの通達をうけた。それならばと、私立高校を設置すべく、鹿島町はミサワホーム社長三澤千代治を窓口に、新潟県に南イリノイ大学を誘致した実績がある日米貿易拡大促進協議会(代表・二階堂進)に高校学校誘致を依頼。協議会は、学習塾などの業界紙を発行していた昇業企画に打診し、山田圭祐が社長をつとめる学習塾の中堅だった山田義塾が、鹿島町での高等学校経営に名乗りをあげた。鹿島町は約二万坪に及ぶ土地を安く払い下げ、補助金として三億円を出資。山田圭祐社長は「鹿島学園を茨城の開成にする」と豪語していたという[出典 1]。かくして、1989年開校。少し前には土佐塾によって土佐塾中学校・高等学校が、池田教育ゼミナールによって池田学園池田中学・高等学校が開校しており、学習塾による公教育への参入として話題をまいた[出典 2]初代の校長には元国立教育研究所研究部長・大野連太郎などが候補になっていた[出典 3]が、結局山田義塾側がコントロールし易く[出典 4]都立荻窪高で校長を務めていた経験がある渡辺寄喜を校長にした。渡辺校長には日本語と英語を併用したスピーチをしたエピソードがあり[出典 5]、社会科の受験参考書などの著作がある。開学当初の1989年4月15日に、事務長の福岡純介が突然解雇された。その原因は裏口入学の金を横領していたためとも噂された。また山田圭祐が裏金をとって裏口入学をさせているとの噂は絶えず[出典 6]、実際に「賛助金」の名目で父兄から集めた金が、学園の会計に計上されず、事務長が鹿島署で事情聴取を受けたと報道されたこともある[出典 7]。
このような使途不明金がのぼったことのみならず、設備投資が嵩んだ上に山田義塾本体の経営不振から[出典 8]1992年に経営を常総学院に委譲。常総学院からは原田敏和校長を派遣し、再建を図った(この間木内幸男も学校法人の副理事長として運営に携わっている)。
1999年に、常総学院から経営を引き継ぎ、早慶外語ゼミを運営していた余湖三千雄が理事長・校長に就任した。ただ、常総学院が経営をおこなっていた時期の理事長らによる不明朗な土地取得などの負債が巨額であったため、経営を圧迫。余湖三千雄は常総時代の理事長らを背任で告訴するとともに[出典 9]、教師の勧奨退職をすすめるなど、経営の合理化をはかった。ところが、強引なリストラを強行したため、解雇した教師から次々と裁判をおこされた[出典 10]。さらに現場の教師からの反発を強め、2000年には古参の教員が大量に退職、県が定める私立学校設置認可基準の教員数の最低限を下回る事態となった[出典 11]。鹿島学園高校の教職員組合は、余湖三千雄校長の不当労働行為などへ強い抵抗を続け、2004年にようやく和解が成立している[出典 12]。2003年に福祉コースを開設[出典 13]、2005年からは通信制課程の認可を受け併設している。 2015年4月、同高理事長兼校長、余湖三千雄(71)が知人女性を監禁し性的暴行を加えたとして強姦、監禁容疑で逮捕。
で、マルナカと言えばマツタケ違法輸入業者の朝鮮総連本部なわけで・・・(爆wwwwww
、、、(爆wwwwwwwwwwwwwwwwww
田中派パージでしょうな。(爆wwwwwwwwwww
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