2017年7月29日土曜日

ナワーズ・シャリーフ パキスタン首相失職 「パナマ文書」で

【イスラマバード共同】パキスタン最高裁は28日、タックスヘイブン(租税回避地)の実態を暴いた「パナマ文書」に家族の名前が載っていたことで野党の批判を浴びていたシャリフ首相について、下院議員の資格を剥奪するとの判断を示した。
シャリフ氏は失職、最高裁の判断を受け入れて辞任した。

与党パキスタン・イスラム教徒連盟シャリフ派が、新たな首相を選出する見込み。しかし過去にクーデターを繰り返し、強い影響力を持つ軍が今回の判断根拠となった報告書作成に関わっており、政治の混乱に乗じて軍が台頭する可能性がある。
核保有国の政情の混迷が深まれば、国際社会の懸念が高まりそうだ。【共同通信】

配信2017年 07月 28日 22:58
ロイター
http://jp.reuters.com/article/idJP2017072801002017



ミヤーン・ムハンマド・ナワーズ・シャリーフウルドゥー語میاں محمد نواز شریفMian Muhammad Nawaz Sharif1949年12月25日 - )は、パキスタン政治家。同国首相(13・15・21代)、パキスタン・ムスリム連盟シャリーフ派総裁(2・8代)、国防大臣(23代)を歴任。日本語メディアでは、ナワズ・シャリフと表記されることがある。
シャリーフは、ラーホールで財閥系の家庭に生まれた。パンジャーブ大学を卒業後、父の事業に参加する。その後政界に進出し、軍事独裁者ムハンマド・ジア=ウル=ハク大統領の下でパンジャーブ州州首相を経て、ハク大統領の飛行機事故死後のパキスタン・ムスリム連盟シャリーフ派を結成し、1990年には40歳でパキスタン首相に就任。1993年に退任するも、1997年に再度首相に就任。この間、パキスタン人民党ベーナズィール・ブットーと熾烈な政権争いを繰り広げた。1998年にはインドの核実験に対抗してイスラム圏で初となる核実験を実施した。しかし、1999年には、ムシャラフ陸軍参謀長(当時)によるクーデター英語版で解任され、2000年に国外追放された。










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