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2011年10月24日月曜日

両陛下、ドン・キブラー氏@カウラ市と面会

 ご苦労様でした、陛下!
日本のドンとしては英帝同様、ドル基軸通貨支持路線でゴー!という最終結論が出たようですね。(w
天皇陛下万歳!(爆w

両陛下、豪州の日本兵墓地守り続ける男性と面会

天皇、皇后両陛下は21日、大戦中、オーストラリア・カウラ市にあった捕虜収容所から脱走、死亡した日本兵らの慰霊や日本庭園の建設・保全を通じ長年日豪交流に尽力しているドン・キブラーさん(74)と皇居・御所で会われた。

日本兵らは現地に葬られ、1964年には新たに日本人戦没者墓地ができた。キブラーさんはこれを機に計画された日本庭園建設と維持の中心となった。両陛下は皇太子ご夫妻時代の73年に同墓地を訪問、供花されている。キブラーさんは墓地や庭園の様子を説明、両陛下から優しく感謝の言葉をかけられたという。面会後、「私は8歳の時、日本兵の捕虜を見て彼らに手を振った。そして65年、こうして両陛下にお会いすることが出来た」と感慨深げに話した。94回目の来日という。
(2011年10月21日20時09分 読売新聞)

カウラ日本人墓地 (Cowra Prisoner of War Camp) が建設され、1963年にはオーストラリア政府の計らいによって、墓地は日本に譲渡され、日本国の国庫に帰属した(オーストラリア戦争墓地委員会の管理下にある)。

1970年、教育映画製作者の高橋克雄監督(株式会社東中代表)・富美子夫妻が、日本貿易振興機構(JETRO)の海外PR映画『オーストラリア・東経135度上の隣人』製作取材のため、カウラを訪問している。日本人墓地取材には、前市長オリバーとカップス市長夫妻が正装して同行した。事件の戦死者(オーストラリア警備隊による機関銃掃射)が、広島師団出身者であることから、広島の地酒を持参して墓に注ぎ、慟哭、撮影に苦慮した。墓地は映画に記録され、海外広報に使われた。高橋夫妻は、日本人墓地が完成してから初めてカウラ市に泊まってくれた日本人(市役所の言)として歓待を受け、その後長く、市長夫妻らとの交流が続いた。この取材実現には、当時の斉藤大使夫妻や木名瀬参事官が尽力し、日産が取材車を提供して長期取材に協力した。なお、高橋監督夫妻は1979年に、当時の皇太子明仁親王・同妃美智子に招かれて4人で懇談したが、その際の話題の一つが、この事件であった。高橋取材の翌年ぐらいに皇太子夫妻も同墓地を訪問していたことで感動を共感し、今日まで、皇室との交流が続くこととなったが、天皇はカウラ戦友会の代表者の名前をすらすらと口にし、高橋を驚かせたという(高橋克雄の記による)。[要出典] オリバーは日豪親善と若者への期待を図るため、高校生の相互交流を提案した。これをもとに、1970年、カウラ高等学校と東京の成蹊高等学校との間に、交換留学制度が発足した。双方から一人ずつ一年間、ホームステイするこの制度は、2010年には40周年を迎え、両校の代表が相互訪問をするなどした。脚本家の故如月小春はこの制度でカウラ高校に留学している。現在は短期の訪問も行なわれている。

1988年、T・グリン神父がオーストラリア元捕虜兵と一緒に、捕虜収容所のあった新潟県直江津市を訪問し、故人をしのぶ銘版を寄託。事件以降毎年、慰霊祭が行われていることを、日本人に初めて知られることになった。1995年10月8日には、直江津・平和記念公園が開設。

戦後60周年に、カウラ事件をきっかけにした日本とオーストラリアの友好的な関係が築かれており、2004年8月にはカウラ事件60周年式典が行われている。現在でも、毎年カウラでは慰霊祭が行われている。

ダーウィンでの戦没者墓地には、 オーストラリア人・日本人墓地が整えられている。日本人墓地には、それぞれに名前が彫られた個別の墓石が整えられている。[6]また、この事件への追悼の意を込めて、Bellevue Hillに日本庭園が造園された。

2006年11月、聖路加国際病院名誉院長などを務める日野原重明が、カウラを訪れた。
http://ja.wikipedia.org/wiki/カウラ事件







野田首相:きょう仏首相、あす独大統領、25日は英首相と連続会談 EPA推進に期待
◇対EU、早期交渉へ支持拡大図る

野田佳彦首相は23日に首相官邸でフィヨン仏首相と会談するのを皮切りに、24日にウルフ独大統領、25日にキャメロン英首相と、3日連続で欧州の首脳と会談する。欧州債務危機やリビア情勢のほか、日本と欧州連合(EU)との経済連携協定(EPA)について話し合う。日本とEUのEPA交渉開始のカギを握る主要3カ国との会談を、早期交渉開始への支持を広げる足がかりにしたい考えだ。

日本とEUは5月にEPA予備交渉の早期開始で合意。欧州委員会と日本の関係省庁が調整を進めているが、EU側が日本に非関税障壁の改善を求めるなど、本格交渉入りのめどは立っていない。

仏独英で最も積極的なのは英国で、キャメロン首相は5月の菅直人首相(当時)との会談で支持を表明。一方、仏独は自動車など日本と競合する業界が慎重姿勢を示しており、外務省幹部は「野田首相がキャメロン首相に『非関税障壁にも対応するので他のEU加盟国に支持を働きかけてくれ』と言うことになる」と解説する。欧州債務危機では、野田首相が懸念を表明し、対応策について欧州内で早期に合意を得るよう促す方針だ。

フィヨン首相は11月の主要20カ国・地域(G20)首脳会議で議長を務めるサルコジ大統領の名代として、ウルフ大統領は日独交流150周年事業の親善、キャメロン首相は豪州訪問の途中で立ち寄る。【横田愛】

毎日新聞 2011年10月23日 東京朝刊


英首相、25日の訪日延期 EU首脳会議に出席
2011/10/24 6:04

【ロンドン共同】英国のキャメロン首相は23日、25日に予定していた就任後初の訪日を延期することを決めた。英政府筋が明らかにした。欧州の金融危機を受け26日にブリュッセルで開かれる欧州連合(EU)首脳会議に出席するため。次回の具体的な訪日予定は明らかになっていない。

26日のEU首脳会議は当初は開かれる予定はなかったが、財政危機の拡大を防ぐ包括的対策の取りまとめが難航し、開催が決まった。首相としては、各国の交渉がヤマ場を迎えているため、首脳会議出席を優先した形

訪日の際にキャメロン首相は、野田佳彦首相と会談し、日本とEUの経済連携協定(EPA)締結や、欧州共同開発のユーロファイターが候補の一つになっている日本の次期主力戦闘機(FX)選定問題、欧州の金融危機への対応などについて協議する予定だった。


英仏首脳が対立、26日の会議でのユーロ圏外の国の権利めぐり-関係者

10月23日(ブルームバーグ):キャメロン英首相とサルコジ仏大統領は23日、ギリシャを発端とした債務危機の収拾戦略の見直しに関する10月26日の会議について議論し、ユーロ圏外の国が同会議に出席する権利をめぐって意見が対立した。

ブリュッセルで行われた両首脳の会談に詳しい関係者2人によれば、キャメロン英首相は3日後に最終合意が見込まれる協議にはEU加盟全27カ国の首脳が参加すべきであり、ユーロ圏17カ国だけに限定すべきでないと主張。これに対しサルコジ仏大統領は、英国が関与を望むならユーロを導入すべきだったと答えたという。

キャメロン首相は会談後に記者団に対し、「われわれはユーロ圏の外にとどまりたい国の利益を守らねばならない」と述べ、「今回の危機はユーロ圏の財政・経済統合の拡充が不可欠であることを意味しているが、英国の利益を犠牲にするものであってはならない」と強調した。

関係者らによると、サルコジ大統領は昼食会でキャメロン首相に対し、同首相とオズボーン英財務相がユーロ圏の危機対応を批判して対応策に関し意見を差し挟んだことに立腹していると伝えたという。妥協案として、26日にユーロ圏首脳が戦略を取りまとめる前にEU加盟全27カ国の首脳会議を開催することで合意に達したという。