2018年10月10日水曜日

佐々淳行@@日本シークレットサービス 死去

 「東大安田講堂事件」や「あさま山荘事件」の現場指揮官を務めた元内閣安全保障室長の
佐々淳行(さっさ・あつゆき)さんが10日、老衰のため亡くなった。87歳だった。
告別式は16日午前11時30分から、東京都港区南青山2の26の38梅窓院。喪主は妻の幸子さん。

 佐々さんは1954年に東大法学部を卒業し、現在の警察庁に入庁。全共闘などの学生が
東大・安田講堂に立てこもった69年の「安田講堂事件」では、警視庁警備1課長として現場を指揮。
72年の「あさま山荘事件」も陣頭指揮した。

 その後は防衛施設庁長官などを歴任し、86年に初代内閣安全保障室長に就任した。

 退官後は危機管理の専門家として活動し、警察官僚時代の経験を題材にした著書も執筆。
あさま山荘事件のノンフィクションは2002年に映画化された。

YOMIURI ONLINE 10/10 18:33
https://www.yomiuri.co.jp/national/20181010-OYT1T50086.html

site://tokumei10.blogspot.com 佐々淳行

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、、、(爆wwwwwww

2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

フジモリ元大統領の長女 マネーロンダリングの疑いで逮捕

南米ペルーのフジモリ元大統領の長女で2年前の大統領選挙にも立候補した、有力政治家のケイコ・フジモリ氏が10日、マネーロンダリングの疑いなどで逮捕されました。今月3日には、釈放されていた父親のフジモリ元大統領に対して、最高裁判所が恩赦を取り消し、刑務所に戻るよう命じたばかりでした。

匿名 さんのコメント...

寺歴 ~青山梅窓院史~

長青山 寶樹寺 梅窓院 略史

 浄土宗梅窓院は、寛永20年(1643)徳川家康公以来の家臣、老中青山大蔵少輔幸成公が逝去の時、 青山公の下屋敷内に13,247坪の地を画して側室を 大檀越として建立されました。(現在の梅窓院は三千余坪)
 寺号は青山幸成公の法名 「梅窓院殿香譽浄薫大禅定門」 と、 側室の法名 「長青院殿天譽利白大姉」 から、 長青山 寶樹寺 梅窓院と名付けられました。
 開山は戴蓮社頂譽上人冠中南龍和尚でありますが、 大本山増上寺十二世、中興普光観智国師を勧請して開山祖としました。以後、 青山家の菩提寺として今日まで歴代の当主、十三代の霊をお祀りしてあります。

 梅窓院の御本尊の阿弥陀仏は、江戸浄土宗寺院寺誌史料集 『文政寺社書上』によると、山の手六阿弥陀の一つとして信奉されておりました。 また三国伝来と伝えられ、古来より「青山の観音様」と愛称されてきた、 泰平観世音菩薩が安置されておりましたが、その観音堂は昭和20年の戦災で焼失。 その後、篤信者の願いにより、昭和25年に再建されましたがその御堂も老朽化した為、 平成7年10月に「新観音堂」が建立されました。
 平成13年まで使用してきた本堂は、正式名称を無礙光会館(むげこうかいかん)と言いました。 和洋折衷様式の鉄筋コンクリート造りで、大正14年建築。 当時より近代的な建物とされ、青山のシンボルとしても注目されていました。

 梅窓院墓苑内には、郡上藩主 青山家歴代の墓や、シーボルトの弟子として蘭学を学んだ 竹内玄同の墓、赤帽・赤服・赤塗りの馬車に乗り「天狗煙草」を売ったと言う 明治時代の 奇商であった岩谷松平の墓、江戸時代に幕府の法に反して建立された キリシタン燈籠などがあります。

 長年親しんできた無礙光会館も、時代の流れと共に老朽化が進んできました。そこで梅窓院では平成12年より、大々的な本堂復興事業を開始致しました。新たな本堂はバリアフリー設計で使いやすく、 どなたでもお参りしやすい、門戸の広いお寺を目指しております。

 平成15年6月に新たなる新本堂棟が完成し、平成16年11月20日に落慶式を執り行い、新たなる梅窓院がここに始動しました。