2017年11月29日水曜日

絵本研究家の島多代さんが死去

2017.11.27 23:24更新
絵本研究家の島多代さんが死去

 島多代さん(しま・たよ=絵本研究家、元国際児童図書評議会会長)27日、病気のため死去、80歳。葬儀・告別式は12月1日午前11時から東京都港区高輪4の7の1、カトリック高輪教会で。喪主は夫、隆(たかし)氏。

 欧米の希少な絵本の収集や研究に長く携わり、私設図書館を開設、主宰した。
http://www.sankei.com/life/news/171127/lif1711270051-n1.html




島 多代(しま たよ、1937年7月6日 - 2017年11月27日[1])は、国際児童図書評議会会長などを歴任した、日本絵本児童書研究家[2]

家系と生い立ち

東京生まれ[3]
父・松本正夫は哲学者、慶應義塾大学教授であり[4]、父方の祖父松本烝治は東京帝国大学教授から商工大臣などを務めた商法学者、曾祖父・松本荘一郎は鉄道庁長官を務めた鉄道技術者、また、父方の祖母・千は、小泉信三の姉であった[5]。また、母方の祖父・川上俊彦はロシア通の外交官であった[4]
12歳のときに小児まひとなり、闘病中に読書にふけるようになる[6][7]

経歴

聖心女子大学卒業後[3]1961年聖心会の活動として欧米への公演旅行を経験した[8]
三村征雄宅で見合いをした鉄道技術者の島隆1962年10月に結婚[9]
1965年、島が外務省出向、ニューヨーク勤務となり[10]、夫と娘2人とともに渡米し[11]1969年に帰国するまで、ニューヨークに滞在する[12]
帰国後、カトリック系の出版社である至光社の編集者となり、いわさきちひろの担当などを経験する[12]。至光社では、日本の絵本を海外に売り込むためヨーロッパの書籍市へ出向くこともあり、また、当時の同僚には末盛千枝子がいた[13]
1981年、島が世界銀行へ出向したのに同行して、再度一家で渡米し、ワシントンD.C.近郊に滞在する[13]1982年から、スミソニアン博物館で児童書講座に学ぶ[13]。また、この頃、アメリカ議会図書館が所蔵していた日本語児童書のカタログ作成に従事することになる[6]
アメリカ図書館協会の異文化圏児童図書選定委員会委員を務めた[2]
約3000点におよぶ絵本や[10]、ポスターなどの個人コレクションをもとに、1988年[14]私設図書館「ミュゼ・イマジネール」を、北品川の自宅に開設し[10]、以降、主宰者として活動している[2]
国際児童図書評議会 (IBBY) では、1990年に理事、1992年に副会長、1998年に会長となった[2]
1997年以降、評議員を務める東京子ども図書館において継続的に「絵本の歴史」をテーマにした講演会を行っている[14]

2004年には、多年にわたる功労に対し社会貢献者表彰として日本財団賞を贈られた[2]



小泉 信三(こいずみ しんぞう、1888年明治21年)5月4日 - 1966年昭和41年)5月11日)は、日本経済学者経済学博士)。東宮御教育常時参与として皇太子明仁親王今上天皇の教育の責任者となる。1933年(昭和8年)から1946年(昭和21年)まで慶應義塾塾長(第7代)。父は第2代慶應義塾塾長(1887年(明治20年) - 1890年(明治23年))や、横浜正金銀行支配人などを歴任した小泉信吉(こいずみ・のぶきち)。




、、、(爆wwwwwwwww

1 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

島多代 末盛千枝子 小泉信三
皇后陛下 IBBY

狭い