2017年8月6日日曜日

100年ちょいの歴史しかない靖国神社@青山ラインが消える日 Part2



島田裕巳氏が指摘「靖国神社が消える日は遠くない」
NEWSポストセブン8月5日(土)16時0分

元靖国神社ナンバー3(禰宜)の宮澤佳廣氏が書いた『靖国神社が消える日』(小学館)が、発売早々、波紋を呼んでいる。「靖国神社は宗教法人であってはならない、国家護持として国が責任を持って英霊を祀るべきだ」「宗教法人として宮司ら一部の判断で行われたA級戦犯合祀の手続きは不適切だった」などの主張が、沈静化していた靖国問題に再び火をつけようとしているのだ。宗教学者で『靖国神社』(幻冬舎新書)などの著作を持つ島田裕巳氏は、この本を読んで新たな危惧を抱いたと語る。

* * *

この本で宮澤氏が主張する、「靖国神社は国家護持の形に戻した方がいいのではないか」という問題提起それ自体は、私は筋の通った、まっとうなものだと感じます。

そもそも靖国神社は戦前、陸海軍の管理の下で、戦没者慰霊という国家事業を行っていた施設です。そのほかの普通の神社は内務省の管轄で、海の神様、山の神様、また古事記に出てくる神様などを祀っていて、靖国とは実は戦前においても、非常に独特な立ち位置にあった神社なのです。

それが戦後、ほかの神社と一律に宗教法人になったわけですが、そもそも宗教法人法の枠内ではできない事業をやってきた場所ではないか、やはり国家管理の形にしないといろいろ無理が生じるのではないか、とはずっと言われてきていたこと。その指摘自体は、たしかに筋は通った話なのです。

けれども一方で、日本国憲法は政教分離を定めている。今の日本政府が神社という宗教法人を抱えて運営することは無理です。ですから靖国神社を国家で護持するためには、戦前のように、まず神道全体を日本国政府として「宗教ではない」と再規定する必要がある。そんなことはもう現実的に無理です。つまり現実的な方法論が見当たらない。

そういうあいまいな状況を戦後70年も放置してきてしまった結果としての、ある種の歪みが靖国神社には存在していて、この本の出版自体が、まさにその歪みの象徴なのかもしれません。


◆「歪み」は修正できない状況に陥っている

遺族会など、戦争の記憶を直接持つ世代がどんどん退場していって、靖国神社内部にさえも、靖国神社が本来持っていた性格というものがわからなくなってきているのではないか。たとえばこの本には、みたままつりの露店が廃止された経緯の解説が載っていて、「厳粛な神社の空間を取り戻すべきだ」と徳川康久宮司が主張、廃止を決断したといいます。

これに対し、「多くの国民が戦没者のことを思いながら、楽しく靖国神社に集まるのはいいことだ」というロジックで宮澤氏は反論している。実際の歴史を考えれば宮澤氏の言うことの方に分があり、靖国には実は「国民が楽しく集まれる場所」という性格が存在していました。けれども、それは「靖国には自分のお父さん、お兄さんたちがいるんだ」という、戦争の記憶を直接に知る世代だからこそ感じられた「親しみやすさ」だったのです。

そういう世代が消えて、靖国にいるのは単に漠然とした、イメージとしての「戦没者」なのだという風にしか感じない国民が増えれば、「靖国神社は厳粛な慰霊の場であるべきだ」という徳川宮司側の主張の方に説得力が出てくる。

この本は宮澤氏が現状を憂いて、何とかうまい形で靖国神社を存続させていく道筋はないかという思いで書いたものだとは思います。しかし逆に戦後70年、靖国神社が本来あるべき形と異なる宗教法人として歩んできて、内部においてさえすごい歪みが出てきており、もう容易にはそれを修正できない状況に陥っているという状況をまざまざと教えてくれる一冊だと、私には感じられました。

本当に「靖国神社が消える日」はそう遠くないのかもしれない。私はそんな感慨をさえ抱いています。
https://news.biglobe.ne.jp/entertainment/0805/sgk_170805_5998306339.html



→みたままつりの露店が廃止された経緯

ホントは暴力団@TOC絡みでしょ。(爆wwwwwwww





靖国神社元No.3が「A級戦犯合祀手続きは間違いだった」と告白
2017.07.29 16:00

終戦記念日を前に、また靖国神社をめぐって国内外が騒がしくなる季節がやってきた。しかし、例年とは様相が違う。これまで沈黙を貫いてきた靖国神社の内部から声を上げる人物が現われたのだ。2006年から今年6月まで靖国神社に勤め、宮司、権宮司に次ぐ禰宜(ねぎ)という幹部職にあった宮澤佳廣氏がこのほど『靖国神社が消える日』を上梓した。宮澤氏は執筆の動機をこう語る。
「私は靖国神社に11年間、その前は神社本庁に21年間おり、内外で靖国問題に関わってきました。そこで、国のために戦って亡くなった人たちを祭神として祀る靖国神社の特別な公共性を考えた場合、今のように民間の宗教法人のままであれば、靖国神社は内部から崩壊してしまうのではないかという危機感を抱いたのです。
事実、靖国神社が宗教法人であれば、トップである宮司と少数の責任役員の判断で九段の土地を切り売りすることだってできてしまう。それを防ぐためには、靖国神社が宗教法人格を返上して、もう一度国が責任を持ってお祀りする国家護持のあり方を模索すべきだというのが私の考えです」(以下「 」は宮澤氏の発言)
宮澤氏がその問題を痛感したのが、東条英機・元首相ら「A級戦犯」が合祀された経緯である。
「昭和53年のA級戦犯合祀は、当時の松平永芳宮司の判断に基づき、宗教法人である靖国神社の社内手続きに従って行なわれました。対外的な発表もなく、報道によって明るみに出たのは翌年のことです。あの時点で国民的合意を得るような努力をしていたら、中国や韓国、あるいは国内の左翼といった反靖国勢力につけ込まれることもなく、靖国問題はまったく違う経過を辿っていたはずです。私はA級戦犯を祀ることには賛成ですが、手続き論としては間違っていたと思っています」

宮澤氏が靖国神社に奉仕した直後の2006年7月、日経新聞がスクープした「富田メモ」によって、問題は大きくクローズアップされた。富田朝彦・元宮内庁長官が残したとされる、
「昭和天皇は靖国神社へのA級戦犯合祀に不快感を示していた」という内容のメモだ。宮澤氏はすぐ「これは本物だ」と確信したという。
「富田メモは発見の当初、『偽文書ではないか』という声が神社界の内部からも上がっていました。しかし私は昭和天皇が昭和61年に詠まれた『この年のこの日にもまた靖国の みやしろのことに うれひはふかし』という御製(和歌)にずっと注目していて、戦犯合祀と無関係と解釈するのは難しいと感じていたのです。ついにそれを裏付ける文書が出てきたのかと思いました。
しかしすでに、A級戦犯は合祀されているのだから、これは変えられない。だとすれば今からでもその合祀について、国民的合意を形成するような動きを靖国神社としてとらねばならない。そうしないとこの富田メモは、反靖国勢力に利用されてしまうだろう。そんな風に思い、私の意見をまとめて提出したのですが、日の目を見ることはありませんでした」
◆自衛隊員を祀れるのか
宮澤氏は今後、同じようなことが起きることを危惧している。実は今、亀井静香・衆議院議員らを中心に、戊辰戦争の白虎隊や西南戦争の西郷隆盛ら“賊軍”を靖国神社に合祀すべきであるという運動が起きている。
「徳川康久・現宮司は徳川将軍家の末裔で、『向こう(明治政府軍)が錦の御旗を掲げたことで、こちら(幕府軍)が賊軍になった』と共同通信のインタビューで述べており、その運動に共感を持っているように見受けられます。しかし、『時が流れたから恩讐を超えて合祀しよう』となれば、いつか『大東亜戦争で戦った相手方も祀ろう』という宮司だって出てくるかもしれない。A級戦犯合祀についていまだ国民的合意が得られていない事実からしても、やはり靖国神社は宗教法人のままではいけないのです。
憲法改正では自衛隊を軍として認めるかどうかの議論が行なわれています。では、万が一自衛隊員が有事で殉職した場合、その自衛隊員は靖国神社に祀られるのか。私は自衛隊員も国家に殉じたと国に認定された以上、祭神として祀られるべきだと考えます。しかし、それは本来、個々人の信教の自由に基づいて祀るとか、祀らないといった次元の話ではないはずです。やはり今このタイミングで、靖国神社の国家護持という課題に向き合うべきなのです」
宮澤氏の本は、これまでベールに包まれてきた靖国神社の実態や内部での意見対立などを赤裸々に述べており、神社界では早くも“暴露本ではないか”との声が挙がっている。宮澤氏はこう否定する。
「私がこの本で訴えたいのは、『靖国の公共性』をどう維持していくかです。そもそも宗教法人の私事性と靖国の公共性は相容れないわけですから、当然、その矛盾が神社の内部にも何らかの形で現われてくることになります。これまでは外部の反靖国勢力によって『靖国の公共性』は攻撃にさらされてきましたが、むしろ今は、靖国神社の内部からそれが崩壊していく危険性が高まっているように感じるのです。
国民の間から戦争の記憶が薄れ、戦没者遺族もどんどん少なくなっているなか、政府も国民も、靖国問題から意識が離れていっているように見えるのも不安です。今こそ、もう一度靖国神社について国家全体で考えるべき時ではないでしょうか」
※週刊ポスト2017年8月11日号
https://www.news-postseven.com/archives/20170729_600127.html?PAGE=3





靖国神社の徳川宮司「明治維新という過ち」発言の波紋
2016.06.20 11:00
靖国神社が揺らいでいる。来る2019年に迎える創立150周年に向けて徳川康久宮司が語ったインタビュー記事の発言が、波紋を呼んでいるのだ。
記事は共同通信社から配信され、加盟する一部の地方紙(静岡新聞6月9日付、中国新聞6月10日付)に掲載されたのみだった。ところが、地方でしか読まれないはずの記事が各界の識者の注目を集め、にわかに論争へと発展している。
徳川宮司は靖国神社が抱える課題や、神社の将来像について語った後、「明治維新を巡る歴史認識について発言していますね」という質問を受けて、自らの「明治維新史観」を開陳した。以下が宮司の発言だ。
〈文明開化という言葉があるが、明治維新前は文明がない遅れた国だったという認識は間違いだということを言っている。江戸時代はハイテクで、エコでもあった〉
〈私は賊軍、官軍ではなく、東軍、西軍と言っている。幕府軍や会津軍も日本のことを考えていた。ただ、価値観が違って戦争になってしまった。向こう(明治政府軍)が錦の御旗を掲げたことで、こちら(幕府軍)が賊軍になった〉
一連の発言が波紋を呼んだのは、靖国神社創建の「原点」に関わるからだ。靖国神社のルーツは明治2年(1869年)に建てられた東京招魂社に遡る。
明治維新に際して、薩摩藩・長州藩中心の後の「明治政府軍」と徳川家や会津藩が中心の「幕府軍」が争う「戊辰戦争」が勃発。勝利を収めた明治政府軍が“官軍”、敗北した幕府軍は“賊軍”とされた。
この時、明治維新を偉業として後世に伝え、近代国家建設のために命を捧げた官軍側犠牲者を慰霊顕彰するため、明治天皇が創建したのが東京招魂社だ。明治12年に社号が「靖国神社」と改められて現在に至る。
それゆえに、「賊軍vs官軍ではなく、東軍vs西軍」とする発言は、靖国神社の歴史観を揺るがしかねないと受け止められたのだ。
靖国神社にある遊就館に展示されている「錦の御旗」には、「戊辰戦争で官軍の象徴として使用された」との解説があるように、靖国神社の見解はあくまで、「明治政府軍=官軍」だ。
発言の背景には、徳川宮司の出自が関係している。徳川宮司は徳川家の末裔であり、“賊軍”の長であった15代将軍・徳川慶喜を曾祖父に持つ。徳川家康を祀った芝東照宮に奉職した後、靖国神社の宮司になった。「賊軍の末裔」が「官軍を祀る神社のトップ」に立ったわけである。
「大村益次郎像を撤去せよ」
「明治維新史観」の見直しは最近のムーブメントだった。昨年1月に発売された原田伊織氏の『明治維新という過ち 日本を滅ぼした吉田松陰と長州テロリスト』(毎日ワンズ刊)がベストセラーになったことを皮切りに、半藤一利氏と保阪正康氏の共著『賊軍の昭和史』(東洋経済新報社刊)など、明治維新の勝者の立場に立った歴史観を見直す論考が相次いで発表されている。
その流れで徳川宮司の発言が飛び出したことで、騒動が拡大しているのだ。著書で「薩長史観」を鋭く否定した原田氏は徳川宮司に同調するかと思いきや、意外にも「発言は中途半端」と手厳しい。
「明治維新当時、東軍・西軍という言葉はほぼ使われていません。徳川家や会津藩に賊軍というレッテルを張ったのは明らかに薩長ですが、その責任や是非を問わず、当時ありもしなかった言葉に置き換えて流布するのはおかしい。また、靖国の持つ歴史観を見直さないのは欺瞞です。“官も賊もない”と言うならば、まず靖国神社の境内にある大村益次郎(官軍側の司令官)の銅像を撤去すべきです」
そんな意見が飛び出すほど、今回の発言は衝撃だった。波紋が広がる徳川宮司の発言について靖国神社は、「創建の由緒から鑑みて『幕府側に対する表現や認識を修正すること』を神社として行なう考えはなく、今後も同様の考えが変わることはないとの発言と理解しております」と回答した。
宮司は150年間封印されていたパンドラの箱を開けてしまったのか。
※週刊ポスト2016年7月1日号
https://www.news-postseven.com/archives/20160620_422520.html?PAGE=2



 でも世界が目を見張った明治以降の日本の近代化は明治維新のお陰ですので、天皇を大室の寅さんにすり替え欧米化を促進したのは結果的には大正解だったといふのが旧本家ラインのおいらの意見なんですよね。そうしてなかったら日本は南北キムチやシナと大差なかったと思われ。(爆wwwwwwwwwwww




8 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

他の手法による欧米化の促進では?

匿名 さんのコメント...

欧米の物真似に奔走したものの、150年近く経っても未だに英語が大の苦手という先進国大日本っていうザマは皮肉すぎるぞ。
トリミングで誤解し通訳翻訳で時間のロス、出遅れ容認。

匿名 さんのコメント...

明治150年記念ロゴ OR 明治150年記念ゴロツキ

匿名 さんのコメント...

大正解でいいと思うのですが、それは戦前まで。

特に平成からは、まるで老害みたいに日本に取り憑いてる様に見えます。

ぶら下がっているゴミを捨てないなら、元から絶ちましょう。

匿名 さんのコメント...

>英語が大の苦手という先進国大日本っていうザマは皮肉

それは日本人がなにをやっても足の引っ張り合いを始めるから
キムチですら上の方は高校にもなればネイティブばりに
ペラペラなやつがいる
彼らはまだ日本憎しという点では団結出来るから(笑)
こういうとブサヨガーキムチ擁護ガーと言い訳を始める亜Q脳が
いるので日本人は真の意味での反省も出来ない
結局はメンヘラ女のような他人への依存とたらい回しの
責任丸投げ体質が招いた結果(爆)

>特に平成から

別に平成から始まったわけではない(笑)
昭和まではネット環境が発達しておらず復興やバブル経済の
おかげで本質的な日本人の問題に目を向けずに済んでいただけ
これはたまたま事業が成功した成長期の企業にも言えることだ
ゴミを捨てるなどとよく簡単に言えたものだ
何が必要で不要なのかすら自分で考えられず他人に
依存しているのが日本人である
綺麗事ばかりを好み自分の美しいイメージ(笑)を
汚される事を何より嫌う日本人が思いきった決断など出来るだろうか?
出来ないからこその周回遅れの今頃共謀罪成立ではないか?(笑)

GABRIEL さんのコメント...

>でも世界が目を見張った
>明治以降の日本の近代化は
>明治維新のお陰ですので

>天皇を大室の寅さんに
>すり替え欧米化を促進したのは
>結果的には大正解だったといふのが
>旧本家ラインのおいらの意見なんですよね

>そうしてなかったら日本は
>南北キムチやシナと大差なかったと思われ


団長以前も書いていたやうな
そう思ふw
何処の国も簡単ではないけど
日本は更にややこしくなって
現在まで来てしまいましたが(苦

匿名 さんのコメント...

終わってしまっている価値観の内側での成功体験に惑わされている世代が、おのれの限界を認めて、古い感覚のリーダーシップの終焉を宣言してほしい。
本人だけが親分気取りで気持ち悪い。

匿名 さんのコメント...

さまざまな違和感にうんざりしている空気は漂っていて
きっかけさえあれば大転換する可能性を否定するのは癪だな

靖国神社の国家観が国民を拘束して
素直な慰霊に毒を忍ばせる形式は
破綻するのが自然だ