2017年3月21日火曜日

朝日新聞と「森友学園」ことラグビーと将棋マンセーな極右軍国主義的チュチェ思想教育機関の怪しい関係

朝日新聞と籠池氏の蜜月関係2017年03月20日 11:10
山田 肇
朝日新聞の記事データベースで検索すると、2016年12月末までに「塚本幼稚園」の記事が71本見つかる。このうち64本はベルマークで設備購入資金を取得した学校一覧表中に名前があるだけだが、他に7本ある。
初出は1999年09月28日夕刊の『幼稚園対抗将棋だぞ 大阪・淀川区 【大阪】』である。これは、塚本幼稚園と南港さくら幼稚園の園児が将棋の対抗戦を繰り広げたと伝える短い写真付き記事。次は2000年10月26日朝刊の『小さき一手、大勝負 園児らが将棋で熱戦 大阪市 /大阪』。内容は前記事と同様で写真付きだが、最後に籠池氏の次のような発言が載っている。
籠池靖憲・南港さくら幼稚園長は「思考力、集中力が高まり、勝負に臨むことで『自我』も出てくる。将棋はいいことずくめ」と話した。
2003年03月01日夕刊の『ちびっ子に広がるトライ 幼児ラグビー静かなブーム 【大阪】』は1121文字で写真付きの大きな記事。塚本幼稚園と同南港さくら幼稚園のラグビー対抗試合を伝える内容だが、この記事にも籠池氏の発言が載っている。
籠池靖憲園長(50)が「転び方さえ知っていればラグビーは楽しく安全なスポーツ。協調性と集中力を養ってほしい」と……運動の時間に採り入れた。
四本目は2003年10月21日朝刊『ちびっ子棋士が真剣勝負 背筋ピン(Osaka2003) /大阪』で、再び幼稚園児の将棋対抗戦を伝える短い写真付き記事。2003年に2本の記事が出たことも不思議だが、2005年には三本の記事が集中する異常な状態になる。
2005年09月07日朝刊、『幼稚園で収穫祭、ブドウを味わう 大阪・淀川区で園児ら /大阪府』。塚本幼稚園の園庭に植えられたマスカットを園児が食べたという写真付き記事。
籠池靖憲園長は「今年は豊作。子どもたちには四季の移り変わりや植物を育てる喜びを知って欲しい」と話していた。
2005年10月20日朝刊、『未来の天才棋士、ここに 淀川区の塚本幼稚園で「将棋対抗戦・大阪秋の陣」 /大阪府』。再び園児による将棋対抗戦の写真付き記事。
籠池靖憲園長は「子どもはみんな天才。何でも吸収するから、良いものを与えるのが教育の役目です」。
2005年12月08日朝刊、『寒さに負けず 幼稚園児たちのラグビー大会 西淀川 /大阪府』。幼稚園児たちのラグビー大会の写真付き記事。
2003年から05年にかけて朝日新聞は籠池氏と蜜月関係にあった。行事日程を幼稚園が案内し朝日新聞が取材をしたのだろうが、これだけ繰り返し記事にする価値が朝日新聞にはあったのだろうか。しかもすべて写真付きである。一方、塚本幼稚園の園児募集にプラスに働いたことは間違いない。そして何よりも、園児の思考力・集中力・判断力や協調性を熱心に育てる園長として、籠池氏が紹介されているのである。
念のために毎日新聞記事データベースも調べたが、同期間に塚本幼稚園は一切報道されていなかった。しかし、そのほうが当たり前で、朝日新聞には事情説明を求めたい。
http://agora-web.jp/archives/2025037.html

ある意味真正パヨクたる朝日新聞が高松宮が設立に尽力された軍国主義的教育機関たる「森友学園」マンセーってのは当然なわけで・・・



、、、(爆wwwwww


要するに朝日新聞は本質的に隠れ極右軍国主義マンセーなファシスト新聞なんですよ。(爆wwwwww

だからおいらの旧ブログをSeesaaに強制削除させたりするような言論弾圧を平気でしちゃうわけですよ。自分たちが絶対正義だと信じて疑わないのがパヨク脳の朝日新聞。(爆wwwwwwww


毎日新聞はお花畑な左巻き。

朝日新聞の方が悪質ですな、(爆wwwwwwwwww

で、スプーン一杯のおかずでお馴染みの姫路の「わんずまざー保育園」も・・・







加計学園グループもね、、、(爆wwwwwwwwwww

9 件のコメント:

ご近所 さんのコメント...

三年前に死んだ昭和9年生まれのウチのオトンも
戦時中は朝日新聞は率先して
戦意高揚記事出しまくってた
って言ってましたわ)^o^(

匿名 さんのコメント...

朝日倒すべし。朝日しばくべし。

GABRIEL さんのコメント...

まるでTOYOTA
といふべきか否か(笑)

労組は民主のち民進党
企業は自民党って姿勢
根っこは同じかな(笑)

或いは鳩山ファミリー
双頭作戦ってやつと同じかな(笑)

匿名 さんのコメント...

甲子園高校野球主催の朝日新聞
一目瞭然ですね

匿名 さんのコメント...

>甲子園高校野球主催


田辺市芳養町大坊に特攻機発射基地 完成前に敗戦
http://tokumei10.blogspot.jp/2014/08/blog-post_74.html

先輩後輩などキムチ臭い儒教・旧日本軍・体育会系概念からの卒業
http://tokumei10.blogspot.jp/2015/07/blog-post_16.html

匿名 さんのコメント...

TOCANA @サイゾータソから拝借(w

「パラレル・ソサエティ」を構築しようとしていると主張している。
http://tocana.jp/2017/03/post_12643_entry.html

アカヒも似たようなものかな

上下マンセーも(w

匿名 さんのコメント...

今思えば・・
アカヒの社内の体質
結婚してないとNYやロンドンなど花形海外出張なしで雑用やらされるため
出世のために仮面結婚に走る
ブランドやジュエリーなど派手なものを身に着けた妻はNG

戦前の日本?w 
大和なでしこニカ?欲しがりません勝つまではニカ?
貴金属は朝日に寄付するニダ
アカヒの社員と結婚する妻はまるで満州に騙されて連れていかれた嫁候補ニダ
だまして強制連行強制結婚
慰安婦よりも被害者は日本人妻ニダww
慰安婦は高給とりだけど妻はタダ働きの性奴隷ニダ

匿名 さんのコメント...

>甲子園
夏が朝日で春が毎日ですね

たった少しの人を満足させるために数千数万の若輩者を危険にさらすような真似いい加減やめればいいのに
まぁどうせ賭博のネタになってるんでしょうけど
だからやめられないんでしょうけど

匿名 さんのコメント...

証拠はまだある:籠池氏と朝日新聞の蜜月関係 – アゴラ
http://agora-web.jp/archives/2025109.html

2017年03月24日 11:10
山田 肇

籠池氏が経営する塚本幼稚園の記事が朝日新聞にたくさん出ていた、という記事を先にアップしたが、両者の蜜月関係について他にも証拠を見つけた。籠池氏が塚本幼稚園と同時に経営していた「南港さくら幼稚園」の記事も、また、異様に目立つのである。

朝日新聞記事データベースで検索すると、2016年末までに「南港さくら幼稚園」の記事が61本出てくる。大半はベルマークのことだが、いくつか特別な記事がある。初出は、1992年9月5日朝刊の写真付き記事「遊びながら英語や絵画学ぶ 幼稚園でパソコン学習(青鉛筆)【大阪】」である。次に、1993年10月29日朝刊に写真付き記事「稲の大切さ、園児ら学んだ 南港の学習田で稲刈り体験 /大阪」が掲載され、籠池氏の発言が載った。

籠池園長は「今年はよけいに、農作物の大切さが分かります」と話していた。

田植えについての記事は2004年5月28日にも掲載されている。

1997年3月4日朝刊には写真付き記事として「安治川親方と力士、園児らと相撲 住之江区(青鉛筆) 【大阪】」が載った。2002年3月2日、2003年3月4日、2007年3月3日にも同様の記事がある。大相撲春場所の都度、安治川部屋が訪問したようだが、何回も記事にする価値があったのか。田植えを二回報道にしたのと同様に疑問である。

警察との関係を伝える記事もある。2002年9月3日夕刊には「学校110番」を使って防犯訓練を実施したとの記事が、2003年7月3日朝刊には園児が住之江警察署に七夕飾りをプレゼントしたという記事が出ている。2004年6月27日には幼稚園への侵入者を想定した訓練を実施し、2004年7月4日には、再び、園児が七夕飾りを警察署に贈った。こうして、幼稚園が園児の安全を大切にしている様子が繰り返し広報された。

そのほか、2000年9月14日朝刊には園児が園庭で雪遊びをしたという記事が出て、籠池氏の次の発言が掲載されている。

発案した籠池靖憲園長は「大阪ではめったに降らない雪を経験させてあげたかった」と話した。

ここまでは、幼稚園から朝日新聞にイベント案内が届き、それを取材して記事にしたように思える。しかし、SARSや鳥インフルエンザに関する記事は違う。2003年12月21日朝刊「SARS厳戒 台湾医師騒動の反省生かせるか 【大阪】」は、大阪府などのSARS対応を紹介するという記事の本筋からは外れ、「「クリスマス食事会」のあとにうがいに励む園児ら」という写真が掲載されている。2004年2月5日夕刊の「チョー迷惑 鳥インフルエンザで鳥が疫病神扱い 【大阪】」も同様。動物園などが鳥インフルエンザ対策に追われていることを紹介する中に次の一文があった。

南港さくら幼稚園(籠池靖憲園長)は、園内で放し飼いしていた鶏やチャボなど12羽を業者に一時預かってもらった。籠池園長は「もしものことを考え、園児と鳥との接触を避けようと思った」と話す。

SARSや鳥インフルエンザに教育現場がどう対応しているかを報道するために、わざわざ南港さくら幼稚園を選んでいる。取材を担当した記者の頭に南港さくら幼稚園が真っ先に浮かんだからとしか考えられない。幼稚園から働きかけた取材だけでなく、朝日新聞の側から取材が来たということは、両者が親しい関係にあったことを示す。