2016年3月24日木曜日

William Adamsこと三浦按針@リーフデ号AKA「Erasmus(エラスムス号)」が繊維派だった件



なんてLivery Companyは存在したこと無いんですよ。(爆wwwwwwwww








で、

デジデリウス・エラスムス(Desiderius Erasmus Roterodamus, 1466年10月27日 - 1536年7月12日)は、ネーデルラント出身の人文主義者、カトリック司祭、神学者、哲学者。ラテン語名には出身地をつける当時の慣習から「ロッテルダムのエラスムス」とも呼ばれる。なお、名前の「エラスムス」は洗礼名でカトリック教会聖人フォルミアのエラスムス(Erasmus of Formiae)からとられているが、「デジデリウス」は1496年から自分自身で使い始めた名前である。
主な著作に『痴愚神礼賛』(Moriae encomium)、『エンキリディオン』 (キリスト教戦士の手引き、Enchiridion militis Christiani)、『平和の訴え』などがあり、著作の中では一貫して「キリスト者の一致と平和」をテーマとした。また、エラスムスの『校訂版 新約 聖書』(新約聖書のラテン語・ギリシア語対訳、Novum Instrumentum)は広く読まれ、マルティン・ルターのドイツ語訳聖書の原版になった。エラスムスの思想は宗教改革運動と対抗宗教改革運動の双方に大きな影響を与えた。『ユートピア』を著したトマス・モアとの親交や自由意志に関するマルティン・ルターとの論争でも知られる。
宗教改革の時代を生きたエラスムスは「カトリック教会を批判した人文主義者」と表現されることが多いが、実際にはローマ教皇庁を含めカトリック教会内に知己が多く、生涯を通してカトリック教会に対して忠実であり、カトリック教会の諸問題を批判しながらも中道を標榜してプロテスタント側に投じることはなかった。

エラスムスは1536年にバーゼルで逝去し、もともとカトリック教会のバーゼル司教座聖堂だった教会に埋葬された。


→カトリック




・・・ってのはウソなんですよ。要するにプロテスタントのふりしたカトリックのエージェントだったわけ。要するに反英サマナ。(爆wwwwwwwwwwwwwww





、、、(爆wwwwwwwwwww


3 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

カテキズム+ソーニャ=キルミーベイベー

wwwwww

匿名 さんのコメント...

革のジャケットを物色していて漠然と感じたわけですが、
日本国内で「皮革」っていうと、むしろその多数が繊維派ですよね?w

匿名 さんのコメント...

ひとつすっきり
リーフデの後に来た面々はどんな目でこの人を見たのでしょう
本家さんは400周年ご出席でしたっけ(後の方で)