2015年4月4日土曜日

潭北亭@D-Flagだらけの「苔寺」から阿弥陀如来像が盗まれる

世界遺産「苔寺」から仏像盗まれる 京都・西芳寺
2015年4月4日21時01分

京都府警は4日、「苔寺」として知られる京都市西京区の世界遺産・西芳寺(さいほうじ)で、阿弥陀如来像(木製、高さ28センチ)1体が盗まれたと発表した。境内にある茶室「潭北亭(たんほくてい)」に安置されていた仏像で、製作時期などは不明。西京署が窃盗の疑いで調べている。

同署によると、4日午前8時ごろ、住職(67)が茶室の扉を開けたところ、厨子(ずし)の中から仏像が盗まれているのに気づいた。3日朝には異状はなかったという。扉に鍵はなかった。

同寺の拝観は事前申込制で、3日は約200人が訪れた。茶室は庭園を散策する参拝者の休憩室代わりに使われているという。
http://www.asahi.com/articles/ASH4466JLH44PLZB00Y.html







真清水蔵六

読み方ましみず ぞうろく

幕末明治京焼陶工京都生。幼名は太三郎太兵衛叔父和気亀亭に陶法を学び、のち五条坂開窯した。千宗室孝明天皇献茶行なうにあたり茶器作り、宗岳の号を贈られた。明治10年(1877)歿、56才。

真清水蔵六(二代)

読み方ましみず ぞうろく

陶工初代蔵六長男京都の人。幼名寿太郎、名は春太郎、号を春泉・泥中庵。国内もとより中国朝鮮にも渡って調査研究重ね京都山科開窯、のち西山松尾村で製作した。古陶の鑑識優れ、『陶寄』『古陶録』等の著がある。昭和11年1936)歿、76才。 











西芳寺(さいほうじ)は、京都市西京区松尾にある臨済宗の寺院。天龍寺の境外塔頭である。一般には苔寺(こけでら)の通称で知られる。山号を洪隠山と称する。本尊は阿弥陀如来、開山は行基と伝え、中興開山は夢窓疎石である。「古都京都の文化財」として世界遺産に登録されている。

伝承によれば、西芳寺のある場所は飛鳥時代には第31代の用明天皇の皇子である聖徳太子の別荘があり、太子作の阿弥陀如来が祀られていたという。
奈良時代に至って、第45代の聖武天皇の勅願を得た行基が別荘から寺へと改めたと伝える。当初は法相宗寺院で「西方寺」と称し、阿弥陀如来本尊観音菩薩勢至菩薩脇侍とした。畿内49院の一つであった。
平安時代初期の806年には第51代平城天皇皇子である真如法親王草庵を結び修行をしたという。また真言宗開祖である空海が入山し黄金池にて放生会を行ったという。
鎌倉時代には摂津守中原師員が再興し、西芳寺と穢土寺に分けられた。招かれた法然によって浄土宗改宗され、本尊は金泥にされたという。 その後に親鸞愚禿堂を建立し寺に滞在している。 鎌倉幕府第5代執権であった北条時頼桜堂(おうどう)を建立したが、建武年間に再び寺は荒廃している。
室町時代に、近くにある松尾大社宮司藤原親秀(ちかひで)は、暦応2年(1339年)、当時の高僧であり作庭の名手でもあった夢窓疎石を招請して禅寺として再興した。この時に西方寺と穢土寺は統一された。もとの寺名「西方寺」は、西方極楽浄土の教主である阿弥陀如来を祀る寺にふさわしい名称であるが、夢窓疎石はこれを「西芳寺」と改めた。「西芳」は「祖師西来」「五葉聯」という、禅宗の初祖達磨に関する句に由来する[1]。 1342年に北朝初代の光厳天皇が、室町幕府初代将軍足利尊氏を従えて寺に行幸。 1382年に3代将軍の足利義満が西芳寺を訪れ、道服を着用し指東庵坐禅に徹宵した。その後何度も訪れ、西芳寺を模して創建したのが鹿苑寺金閣寺)である。
応仁の乱(1467-1477)で東軍の細川勝元の陣が敷かれた。1469年に西軍の攻撃により焼失。 1485年には洪水により被災し、本願寺蓮如により再興された。 室町幕府第8代将軍の足利義政により指東庵が再建された。義政もその後何度か訪れ、西芳寺と鹿苑寺を模して創建したのが慈照寺(銀閣寺)である。
安土桃山時代の1568年には丹波国柳本氏による兵乱により焼失。織田信長天龍寺策彦周良に命じて再建させた。
江戸時代には寛永年間と元禄年間の2度にわたって洪水にも見舞われ荒廃した。元は枯山水であった荒廃した庭園がでおおわれるのは江戸時代末期に入ってからのようである。すぐそばに川が流れる谷間、という地理的要因が大きい、とされる。 幕末の1862年には公卿・政治家の岩倉具視が一時湘南亭に隠棲した。
明治維新神仏分離令廃仏毀釈により、境内地は狭められ荒廃した。 1878年に再興されている。
1928年より庭園が一般公開された。 1969年に西来堂再建。 1928年より誰でも参観できる観光寺院であったが、1977年7月からは一般の拝観を中止し、往復はがきによる事前申し込み制となっている。 単なる観光や見学ではなく読経と写経という宗教行事に参加することが条件となっている[2]

アップルの創業者であるスティーブ・ジョブズは、お忍びで家族とともに西芳寺をよく訪れていたという。






、、、(爆wwwwwwwwwww

3 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

次は福井にある苔の神社ですかねw

匿名 さんのコメント...

日蓮宗の阿弥陀さんが天台宗の所に置いてあったから返した?

ミネ さんのコメント...

設置が昭和と謂れの浅いものでも盗むという破れかぶれ感とニュースで ぇ? てなってました

これでも聖徳マンセーなんだから日本は根深いよね
宗旨替えのメンドクサさは世界一のまま