2015年4月18日土曜日

北海道厚岸町湾月の国泰寺で、住職の松浦暢道さんが重機の下敷きになり死亡

17日午後2時20分ごろ、北海道厚岸町湾月の国泰寺で、住職の松浦暢道さん(56)が横転した重機の下敷きになっているのが見つかり、病院で死亡が確認された。
 厚岸署によると、松浦さんは1人で重機に乗って敷地内の落ち葉を掃除していた。同署が事故の原因を調べている。
http://www.sankei.com/affairs/news/150417/afr1504170034-n1.html

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国泰寺(こくたいじ)は、北海道厚岸郡厚岸町バラサン岬に所在する臨済宗南禅寺派寺院山号は景運山。国の史跡に指定されている。

享和2年(1802年)から文化元年(1804年)にかけて、江戸幕府蝦夷地政策(東蝦夷地の警備など)の目的で釧路国厚岸郡に建立し、胆振国有珠郡善光寺日高国様似郡等澍院ともに蝦夷三官寺に指定される。当時、中部千島以北にはロシア人が進出しており、現地のアイヌに対してキリスト教を布教していた。これを憂慮した江戸幕府は、将軍徳川家斉の命によって国泰寺の建立がなされることとなった[1]
寺は鎌倉金地院の末で、記録によれば、その活動範囲は「トカチ、クスリ、アッケシ、ネモロ、クナシリ、エトロフ」の6箇所とされる。それぞれ、十勝釧路、厚岸、根室国後島択捉島と考えられるが、当時の「厚岸」の範囲がどの程度のものであったかについては未詳である。初代住職には、相模国津久井郡青山村光明寺の文翁が任命された。
寺には、山門や東面する本堂のほか、天保6年(1835年)の観音石仏、天保13年(1842年)建立の仏舎利塔、歴代住職の墓所があるほか、東方の丘の上には竜王殿、馬頭観音堂、最上徳内建立の神明社跡(のちの厚岸神社)などがある。
1973年昭和48年10月29日)、国の史跡に指定された[2]

現在はサクラの名所としても知られる。


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とりあえず・・・




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