チェルノブイリ封鎖と同型…三重の会社が放水ポンプ車提供申し出 ― スポニチ Sponichi Annex 社会 via kwout
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このクラスのポンプ車、高層ビルの多い東京近郊にこそあるはずだけど。
失礼しますね。50M超のコンクリートポンプ車は日本にも数えるほどしかなく、どれもドイツのプツマイスター社製のブームです。上図の車は標準クラスの物でしょうね。
生コン圧送機3台福島入り ピンポイント放水可能に東日本大震災58メートルアームを遠隔操作 ドイツ製生コン圧送機福島第1原発の放水作業に投入されたドイツ製生コン圧送機の同型機(中央建設提供)Photo By 提供写真 放水作業で、長さ50メートル以上のアームを装備する「生コン圧送機」3台が21日、福島県に入った。三重県四日市市の建設業者が提供を申し出たドイツ製の2台などで、旧ソ連のチェルノブイリ原発事故を封鎖する際に使われた重機と同型。アームを伸ばせば貯蔵プールの真上からピンポイントで放水が可能となる。 建設会社から派遣されたオペレーターが、東電社員に操作方法を教える。自衛隊、東京消防庁が続けている放水と合わせ、使用済み燃料貯蔵プールへの注水を行う予定だが、21日の3号機の発煙の影響で投入は遅れる見通しとなった。http://www.sponichi.co.jp/society/news/2011/03/22/kiji/K20110322000473870.html
四日市の建設会社原発に向けポンプ車出発 03/21(月) 02:23更新東日本大震災に伴う福島第一原発の事故で、三重県内の建設会社が高さ50メートルから放水できるポンプ車を提供することになり20日夜、出発した。福島原発に向け出発したのは、三重県四日市市の「中央建設」が所有する、ポンプ車2台で、20日国から出動要請を受けた。このポンプ車は、アームを使って50メートルの高さから1時間あたり150トン程度放水できる他、100メートル離れた場所からも遠隔操作が可能で、放射線の強い場所から離れて作業できるのが強み。ポンプ車は、21日午後にも福島県内に到着し、その後、政府や東京電力の担当者らと放水作業に向けた準備にあたる予定。
公明のチーム力を称賛 | ニュース | 公明党https://www.komei.or.jp/news/detail/20110927_62292011/09/27 - 東京電力福島第1原発事故の対策で活躍した生コン圧送機“キリン”を提供した会社が公明党のチーム力を称賛—。 公明党の山口那津男代表と遠山清彦衆院議員は26日、国会内でドイツのプツマイスター社のノベルト・ショイヒCEO(最高経営 ...国内最大の生コンポンプ車で原発冷やす :日本経済新聞https://www.nikkei.com/article/DGXNASFK2200I_S1A320C1000000/2011/03/22 - 本記事中にある中央建設の2台、丸河商事の1台に加え、プツマイスター社も横浜港にあった1台を派遣しました。 ... 公明代表、第一声の予定変更 飛行機遅延で · 「自公政権以外ない」 衆院選、公明党声明 · 最高裁裁判官国民審査が告示 期 ...東京新聞:福島原発事故 その時私は [3・17]コンクリポンプ車を提案 出口 ...www.tokyo-np.co.jp › 特集・連載 › 東日本大震災 › 震災1年特集2012/03/11 - 大型コンクリートポンプ車を造るドイツのプツマイスター社の日本法人の社長をやってたから、ポンプ車の特徴は分かっている。誰も気付いてないなら、恥をかい ... それで公明党の野上純子都議を紹介してもらえた。 野上さんに「ヘリとか放水車 ...生コンポンプ車で150トン注水、福島第1原発 :日本経済新聞https://www.nikkei.com/article/DGXNASFK2301G_T20C11A3000000/2011/03/23 - ... 建設(三重県四日市市)が2台、丸河商事(岐阜県恵那市)が1台、それぞれブーム長52mのプツマイスター社製のポンプ車を派遣した。 今回は、プツマイスター社が横浜港から持ち込んだブーム長58mのポンプ車が注水作業に当たった。4号機の建屋は5階 ... 写真のように、本来はミキサー車から打設場所までコンクリートを圧送するために使う(写真:プツマイスター社) .福島原発に水を注入せよ~中央建設株式会社 - 三重プラスplus-mie.jp/fukushima.html中央建設が保有するドイツ・プツマイスター社製コンクリートポンプ車の車載アームは最長52メートル。52メートルのアームを持つポンプ車は日本に3台しかなく、中央建設が2台、 ... 長谷川は今度は公明党の樋口四日市市議を通してポンプ車の提供を申し出た。
【吉田調書抄録(8)】注水活動「申し訳ないがすべて意味なかった」 ヘリ放水「セミの小便」 東京電力福島第1原発事故で、所長として現場の指揮を執った吉田昌郎氏の聞き取り調査をまとめた「吉田調書」。8回目は、自衛隊や警察、消防の注水活動に関する証言をまとめた。 〈平成23年3月16日以降、3、4号機の燃料貯蔵プールに燃料を冷却する水があるかが課題となっていた。プールの燃料は水位が下がればむき出しの状態となり被害は甚大となる。爆発で建屋上部が破壊されていたため、上部からの放水が検討されていた〉 〈17日には陸上自衛隊のヘリを使って上空から4回、3号機燃料貯蔵プールへ約30トン放水され、警視庁機動隊と自衛隊の高圧放水車も地上から放水した。19日には東京消防庁の消防車も放水を始めた〉 --ヘリによる放水は午前9時48分に開始とあります 吉田氏「セミの小便みたいですね」 --所長は自衛隊とか警視庁などの人たちが来たときは、そこの責任者と事前に話をするとか、ありましたか 吉田氏「ないです」 --彼らはどういう感じなんですか。 吉田氏「各組織によって違うんです。自衛隊と消防庁、機動隊全部違うんです。指揮命令系統も各々違う。自衛隊さんは自衛隊さんの上の方といろいろ調整して、何時に出動するとか言うんですけども、出動するといってもなかなか出動しないし、途中で引き返すし、何やっているんだという感じでした」 --何でそんな、あれだったのですか 吉田氏「やはり線量の高い所に来るのは、はっきり言ってみんな嫌なんです」 --自衛隊によるヘリ、警視庁の高圧放水車、消防庁の注水とあって、この中でこれは良かった、これは駄目だったというのはありますか 吉田氏「機動隊さんのものは最初に来てもらったんだけれども、余り役に立たなかったんです。要するに効果がなかった」 --効果がないというのは 吉田氏「水が入らなかったということです」 --自衛隊のものはどうでしたか 吉田氏「はっきり言って今から申しますと、すべて意味がなかったです。注水量的に全部入ったとして10トンとか20トンの世界ですから。燃料プールの表面積から考えて全部入ったとしても意味がない」 --消防庁のものは効いてないんですね 吉田氏「全く効いていないです。だから、ヘリも効いてないし、自衛隊さんも申し訳ないけれども量的に効いていないし、消防庁も効いていないし、機動隊は全く効いていなかったと思います」 〈自衛隊、警察、消防が懸命の思いで注水活動にあたったが、高圧放水車や消防車は用途が違うため難航した。22日には新たにコンクリートポンプ車(通称・キリン)が導入され4号機で注水開始。27日にはキリンを3号機にも導入した〉 --(キリンなど)ああいうものはどうなんですか 吉田氏「あれはいいです。あれが来て初めてちゃんと注水できたということです。筒先をプールの近くに持っていって入れますから、ロスがほとんどなくて全部水が入るというのがキリン以降の話です」 --これは東電なり本店からそういう話があったのですか 吉田氏「(自衛隊、警視庁、消防庁の)ピュッピュン作戦は、効いたとしてもずっと続けないといけない。連続注水できるということでコンクリート注入車が使えるのではないかというのが本店からあって、キリン部隊というのを本店で作ってくれたんです。その連中が動かし方などをマスターして、やってみたらそれなりに水が入るということで、自衛隊さん消防庁さんのお世話にならずに済んだということです」http://www.sankei.com/affairs/print/140825/afr1408250005-c.html
N: 先月(2017年7月)ロボットカメラが初めて福島第一原発3号機内部の映像です*[2017年7月19日(水)「マンボウ型」ロボット 3号機を本格調査http://www9.nhk.or.jp/nw9/digest/2017/07/0719.html]核燃料が溶け落ちた デブリと見られる塊今も高い放射線と熱を放ち 大量の水を注入して冷却を続けていますあの日 制御不能に陥り 次々と爆発した福島第一原発東日本全域に「最悪の事態」が及びかねない状況でした3号機では使用済み核燃料プールの水が蒸発大量の放射性物質が拡散するおそれがありました放射線量が高まる中で、国も東京電力もぎりぎりの対応を迫られます(免震重要棟の映像)---官邸からちょっと電話があって とにかく急げってことで当然なんだけど もう線量のこともかまわないで 500ミリ(シ―ベルト)までいいんだから やれって そういう話がありました N:ふたつの緊急支援部隊が現場に投入されます陸上自衛隊の任務は 暴走する原発上空からの放水放射線を防ぐ鉛のベストを着用し 決死の作戦に挑みます ---今、水を投下しました(当時のニュース映像)金丸章彦(陸上自衛隊 第一ヘリコプター団 団長 当時): 当時できるかぎりのことが処置されて で 後はそれを信じて飛ぶ と早く冷却しないと まあ 新たな局面というか とんでもないことに発展していくということですから まず なんとか水を入れて 冷却をするとN:地上では原発に近づくことすら困難な中 東京消防庁ハイパーレスキュー隊が 最新の放水機器を投入 一刻を争うなかで 作業は深夜に及びます被ばくの危険を抱えた 暗闇の放水作戦不測の事態が起こりかねません五十嵐幸浩(東京消防庁警防部副参事 当時):これは相当危険な状態なんだろうな ともしかしたら 死ぬでも 行くしかないだろうな---この通路 まんなかより左側 マンホール ポッカリ 穴 ありますN:原発事故への対応をもとめられた緊急支援部隊は どのように危機に立ち向かったのか現場で格闘した隊員たちが はじめてカメラの前で 真相を明かします第67回 福島県核燃料プールを冷やせ! 自衛隊と消防 決死の放水作戦201708271005
N:あの日(2011年3月11日) 巨大地震と津波により 制御不能に陥った福島第一原発震災翌日(2011年3月12日)には 1号機が水素爆発を起こします国の原子力緊急事態宣言を受け 陸上自衛隊(大宮駐屯地)では 出動準備がはじまります埼玉県に駐屯する 中央特殊武器防護隊 です核兵器や生物・化学兵器によって汚染された地域に出動する部隊です原発事故での自衛隊の主な任務は 除染などの後方支援事故を収束させるため 原子力施設に直接対応する任務は 課せられていませんでした隊長として現場の指揮を執った岩熊真司さん---じゃあ 行くぞ---はいN:岩熊さんへの出動命令には まだ詳細は示されていませんでした岩熊真司(陸上自衛隊 中央特殊武器防護隊 隊長 当時):我々が受けた命令は 福島第一原発及び第二原発で発生した事案に対処せよ という命令を受けましたので ある一定期間は自己完結的に活動できるような燃料と食糧を持って前進しましたN:避難住民への飲料水提供や除染などに備えて 5トンの給水タンク車を率いて出動しました(2011年)3月14日、岩熊さんたちが向かったのは第一原発からおよそ5キロ離れた対策拠点のオフサイトセンタ-(原子力災害拠点)です政府関係者や東京電力 周辺自治体 警察 消防などが集まり 情報収集などに躍起になっていましたここで岩熊さんは 初めて 福島第一原発そのものへの事故対応 を言い渡されますそのころ 第一原発では1号機の爆発に続き3号機でも危機が迫っていました原発構内の免震重要棟です吉田所長と東電職員が 炉内から冷却水が急速に失われていく事態に危機感を募らせていました吉田所長:ダウンスケールしちゃったじゃん 水位が本店職員:水位がダウンスケールしてる?吉田所長:これねえ 危機的な状況ですよ これN:原子炉の水位が下がり 一刻も早く注水しなければ 核燃料がメルトダウン原子炉が爆発する可能性もあったのです岩熊さんは上官から「原子炉注水」という異例の任務を命じられ第一原発に向かいます岩熊真司(陸上自衛隊 中央特殊武器防護隊 隊長 当時):給水ポイントに近付くと やはり 津波で周りが壊されている状況 もありましたので 本当に ここで給水ができるのか という感じは受けましたN:あの日(2011年3月11日) 巨大地震と津波により 制御不能に陥った福島第一原発震災翌日(2011年3月12日)には 1号機が水素爆発を起こします国の原子力緊急事態宣言を受け 陸上自衛隊(大宮駐屯地)では 出動準備がはじまります埼玉県に駐屯する 中央特殊武器防護隊 です核兵器や生物・化学兵器によって汚染された地域に出動する部隊です原発事故での自衛隊の主な任務は 除染などの後方支援事故を収束させるため 原子力施設に直接対応する任務は 課せられていませんでした隊長として現場の指揮を執った岩熊真司さん---じゃあ 行くぞ---はいN:岩熊さんへの出動命令には まだ詳細は示されていませんでした岩熊真司(陸上自衛隊 中央特殊武器防護隊 隊長 当時):我々が受けた命令は 福島第一原発及び第二原発で発生した事案に対処せよ という命令を受けましたので ある一定期間は自己完結的に活動できるような燃料と食糧を持って前進しましたN:避難住民への飲料水提供や除染などに備えて 5トンの給水タンク車を率いて出動しました(2011年)3月14日、岩熊さんたちが向かったのは第一原発からおよそ5キロ離れた対策拠点のオフサイトセンタ-(原子力災害拠点)です政府関係者や東京電力 周辺自治体 警察 消防などが集まり 情報収集などに躍起になっていましたここで岩熊さんは 初めて 福島第一原発そのものへの事故対応 を言い渡されますそのころ 第一原発では1号機の爆発に続き3号機でも危機が迫っていました原発構内の免震重要棟です吉田所長と東電職員が 炉内から冷却水が急速に失われていく事態に危機感を募らせていました吉田所長:ダウンスケールしちゃったじゃん 水位が本店職員:水位がダウンスケールしてる?吉田所長:これねえ 危機的な状況ですよ これN:原子炉の水位が下がり 一刻も早く注水しなければ 核燃料がメルトダウン原子炉が爆発する可能性もあったのです岩熊さんは上官から「原子炉注水」という異例の任務を命じられ第一原発に向かいます岩熊真司(陸上自衛隊 中央特殊武器防護隊 隊長 当時):給水ポイントに近付くと やはり 津波で周りが壊されている状況 もありましたので 本当に ここで給水ができるのか という感じは受けました
N:あの日(2011年3月11日) 巨大地震と津波により 制御不能に陥った福島第一原発震災翌日(2011年3月12日)には 1号機が水素爆発を起こします国の原子力緊急事態宣言を受け 陸上自衛隊(大宮駐屯地)では 出動準備がはじまります埼玉県に駐屯する 中央特殊武器防護隊 です核兵器や生物・化学兵器によって汚染された地域に出動する部隊です原発事故での自衛隊の主な任務は 除染などの後方支援事故を収束させるため 原子力施設に直接対応する任務は 課せられていませんでした隊長として現場の指揮を執った岩熊真司さん---じゃあ 行くぞ---はいN:岩熊さんへの出動命令には まだ詳細は示されていませんでした岩熊真司(陸上自衛隊 中央特殊武器防護隊 隊長 当時):我々が受けた命令は 福島第一原発及び第二原発で発生した事案に対処せよ という命令を受けましたので ある一定期間は自己完結的に活動できるような燃料と食糧を持って前進しましたN:避難住民への飲料水提供や除染などに備えて 5トンの給水タンク車を率いて出動しました(2011年)3月14日、岩熊さんたちが向かったのは第一原発からおよそ5キロ離れた対策拠点のオフサイトセンタ-(原子力災害拠点)です政府関係者や東京電力 周辺自治体 警察 消防などが集まり 情報収集などに躍起になっていましたここで岩熊さんは 初めて 福島第一原発そのものへの事故対応 を言い渡されますそのころ 第一原発では1号機の爆発に続き3号機でも危機が迫っていました原発構内の免震重要棟です吉田所長と東電職員が 炉内から冷却水が急速に失われていく事態に危機感を募らせていました吉田所長:ダウンスケールしちゃったじゃん 水位が本店職員:水位がダウンスケールしてる?吉田所長:これねえ 危機的な状況ですよ これN:原子炉の水位が下がり 一刻も早く注水しなければ 核燃料がメルトダウン原子炉が爆発する可能性もあったのです岩熊さんは上官から「原子炉注水」という異例の任務を命じられ第一原発に向かいます岩熊真司(陸上自衛隊 中央特殊武器防護隊 隊長 当時):給水ポイントに近付くと やはり 津波で周りが壊されている状況 もありましたので 本当に ここで給水ができるのか という感じは受けました
N:そのころ220キロ離れた東京では 国が東京消防庁への緊急出動を検討していました注目されていたのは ハイパーレスキュー隊です阪神淡路大震災の教訓から生まれたこの部隊は 特別な技能を持つ隊員と最新の装備で編成されています東京都を主な活動エリアとし 大規模災害や特殊な事故 火災などへの対応を任務としています当時 現場で陣頭指揮を執っていた五十嵐幸浩です震災への緊急対応に追われていましたが 原発事故への支援要請が出るのではと考え 準備を始めていました五十嵐幸浩(東京消防庁警防部副参事 当時):もし 国の方から東京消防庁に出動の依頼が来た場合に対して どういう部隊を揃えるか どういった人員を揃えるか あとはどういう人間をセレクションすべきなのかというのは まあ シミュレートの中で始めてはいました40メートル級のはしごを持っていけばできるかな とかですねただ 被ばくしてしまうよな とかそういった放水はできるけれども 隊員としては原発に晒されてしまうという その相反(あいはん)するなかで どうしたらいいんだろう的な話では まあ 庁内 動いていましたね作戦室の中では そういう話で動いていましたN:切り札として考えていたのは 高層ビルなどの火災で威力を発揮する 屈折放水塔車22メートルの高さから 毎分3,800リットルの大量放水を行えますしかし 消防庁が福島の原発事故に対応するには越えなくてはならない壁がありました地方公務員である消防隊員は 所属する自治体の住民の安全を最優先することが職責とされていたのです当時 指揮官の一人だった松井晶範です東京消防庁が原発事故に隊員を派遣して協力するのは難しいと考えていました松井晶範(東京消防庁警防部救助課長 当時):東京が(震度)5強を記録していましたので まずは東京都内の災害状況をしっかりと把握すると青海の方で黒煙がすごく上昇したりだとか あとは、そのあとすぐに入ってきたのが 九段会館で 多数の方が天井が崩落をして 生き埋めになっているのではないかとか そういう情報が入ってきていましたので これはやっぱり被害がかなり出ているなと都内の状況が確認できないので もう少し都内の状況が確認できたら すぐに準備させるので ということで ちょっと 間があいたのも事実ですねそれは ちょっと 我々が東京都民の安全確保も大切なので やむを得なかったなあとは思んですけれどN:しかし 東京消防庁への出動が検討されている間にも 事故は一層深刻化していきます3号機では新たな危機が浮上します原子炉建屋の上部にあるプールには 大量の使用済み核燃料が保管されていましたその水が干上がると 核燃料が溶け 放射性物質が 壊れた屋根から拡散するおそれがあります東日本全域に汚染が広がる深刻な事態が予想されたのです松井晶範(東京消防庁警防部救助課長 当時):で 東京も いよいよ もしかしたら汚染されるかもしれないという状況になったときに まあ あの わたくし はじめから申しましたとおり 東京都民を守るのが我々の仕事ですから 東京都民が汚染されるとなるのであれば それを 汚染元をおさえるというのも 我々の仕事にもなってきますじゃあ 使用済み核燃料のプールに水を入れようじゃないか とで まあ 屋根が開いているんだから 上から入れるしかないなとあっ これはもしかすると まあ 水を使う部隊としては 我々が入れるのは 我々が一番プロなんだから あるかもわかんないなということで
N:燃料プールの深刻な事態に どう対処するかは 官邸の危機管理センターでも 最優先課題になっていましたその渦中で 陸上自衛隊に新たな指令が下されます原発上空からの放水作戦です防衛省から 陸上自衛隊 第一ヘリコプター団に出動命令が出ます当時 作戦を指揮した 団長の 金丸章彦さんは すぐに偵察飛行に取り組みます空からの放水を成功させる条件を見極めるためでした飛行する高度を高くすれば隊員が被ばくする危険は減ります一方 低く飛んだ方が 水が原発に命中する確率は高まります金丸さんは隊員を被ばくから守るために ヘリコプター内に 放射線を防ぐ特殊なシートを敷き詰めますそして 隊員には 重さ20キロの鉛のジャケットその上に 放射能を防ぐ防護服とマスクを着用して 被ばくを最小限に抑える対策をとります金丸章彦(陸上自衛隊 第一ヘリコプター団 団長 当時):あれが UH-60 というヘリですけれども あれが先行して 原発の上空で線量を測りましたN:隊員の安全と作戦の成功が両立するギリギリの高度を探ったのです金丸章彦(陸上自衛隊 第一ヘリコプター団 団長 当時):偵察したそれぞれの高度における線量っていうのが メモでまいりましたこれが そうなんですけどもこれが100フィート 247から280ミリシーベルト高度が300フィート 500フィート 1,000フィートと上がっていきますけれども 3ミリシーベルトですねだから 1,000フィートまで上がると かなり線量が落ちる とただ 有効に水を撒く100フィートから300フィートまではけっこう高い線量だな とまあ これだけの線量の中でも防護衣を着て鉛のベストを着て 短時間であれば 隊員は被ばくしないんだというのは 16日の夜の段階で ある意味の 安心感っていうかN:(2011年)3月17日 午前8時 (Jヴィレッジ 福島県 楢葉町)作戦が実施されます当時の映像 実況中継の音声自衛隊のヘリコプターが停まっていますN:大型ヘリコプター2機が 準備を開始当時の映像 実況中継の音声---ヘリコプターのまわりには白い防護服でしょうか 白い防護服を着た隊員が何名もいますN:実は この作戦はもう一つ大きな問題を抱えていました空から投下される大量の海水が燃料棒に与える衝撃です原発職員:万が一 燃料が 頭が 一部出てると そこに冷たい水が来ると 当然 破裂する可能性があります連続監視して 急な立ち上がりがあったら 速やかに退避するとか そういう態勢準備も必要かと思います吉田所長:はい そうなんだけど そういう手順書をちゃんとさ 本店(東京電力)で作っておいてほしいのよ本店職員:はい あの 了解しました吉田所長:ないの? そういうもの だって そういうものなしにさ ただ 水入れれば良いと思っていたのかよ周りで 我々 見てんだぜそれで お前 爆発したら また 死んじゃうんだぜやるけどさ これ 今やらないといけないことは わかるけどさだったら もっと真剣にそういうものは 作っておいてくれよっN:ヘリコプターで運ばれる海水は およそ8トン落下の衝撃を いかに和らげるかが課題でした金丸章彦(陸上自衛隊 第一ヘリコプター団 団長 当時):ちょうど山火事のときに 空中消火やりますけれど あれに似たようなやり方でやるべきだな とそこはホバリングして ドーンと撒くっていうよりも ある程度の前進速度をもって 少し分散するような形で水を撒く当時の映像 実況中継の音声:今 上空から ヘリコプターが 第3号機に向かって飛行しています今 水を投下しました(2011年)3月17日 午前9時48分 1回目の放水が行われます金丸章彦(陸上自衛隊 第一ヘリコプター団 団長 当時):どの程度 水が燃料プールに入ったかというのは分かりませんけれども 合計で約30トンの水を原子炉に放水することができた としかも それは安全にやり遂げた ということで 任務は達成したというふうに思いましたN:この作戦によって 一定の圧力で放水すれば 爆発を避けられることが 初めて確かめられたのですしかし 燃料プールの容量は1,500トンそれを満たすには数百回の放水が必要になります作戦本部の副司令官だった 田浦正人さんですさらに効率的な放水が必要だと考えました田浦正人(陸上自衛隊中央即応集団 副司令官 当時):当時 現場で えー 原子炉自体の温度というのは採れていましたで ヘリの放水があったときには もちろん温度は下がっておりました非常にそれは喜ばしいことなんですけれども しばらくすると また元に戻るということでえー 非常に ハイリスク ローリターンこれは もう 計算をしましたが 天文学的な数字になってしまうであれば 早く我々も地上放水の手立てを確立をして 地上放水を実現しなければ 空中放水だけではこの事態は収まらないな とN:田浦さんの要請を受け全国の自衛隊の航空基地から消防車(救難消防車)が動員されます10トンの水を搭載できる消防車で 水をピストン輸送して放水します隊員が被ばく限度を超えないように交代で作業を行う人海戦術です原発の暴走をくいとめるため 崩れた屋根を目がけ 懸命に放水を繰り返しますそれでも 途切れなく放水を続けるのは難しく 作戦の見直しが急務となりました
N:この窮地を救うには東京消防庁の力を借りるほかない総理大臣が東京都知事に正式に出動を要請ハイパーレスキュー隊に招集がかかります足立区の消防本部に このときに備えてきた隊員たちが集結します原発事故への対応を準備してきた五十嵐幸浩です指揮官の一人として作戦に参加します五十嵐幸浩(東京消防庁警防部副参事 当時):総監がこちらに、我々はそちらに百数十名が待機して 言葉を頂戴した と 取材者:どういった言葉を? なにか印象深い言葉って 覚えてますか?五十嵐幸浩(東京消防庁警防部副参事 当時):そうですね 通常使わない 「国難に対して対応してくれ」 と国運 国の運命 がかかっているところに 我々 東京消防庁の部隊が対応する というのは非常に緊張しましたね はいN:(2011年)3月18日 午前3時20分 ハイパーレスキュー隊を中心とした総勢139人の部隊が福島第一原発に向かいます原発事故収束の重責を担う 東京消防庁 初のミッションですその日の午後 松井さんと五十嵐さんは Jビレッジに設けられた放水作戦の前線拠点に到着します作戦室には放射能に汚染された原発構内で作業に携わってきた 自衛隊 警察 などの指揮官が集まっていました松井晶範(東京消防庁警防部救助課長 当時):どう変化をする災害かというのが分からなかったので やはり緊張感がすごくありますよね静かに淡々とやることをやって 終わったら引きあげよう っていうような意識の中で 我々も そうするんだよ ということを しっかりとそれは言っていましたからもう 変な話 余計なことはするな とやることをやったら 引きあげようという意識を持たせていましたので やっぱり 静かでした みなさん
N:省庁間の組織の壁を越えて 初めて行われる合同作戦国から調整役を指名されたのは自衛隊でした田浦正人(陸上自衛隊中央即応集団 副司令官 当時):えー ファックスで カタカタカタカタと出てきて わたくしどもは 「おおー こういうのが出たんだ」と原子力災害対策本部長である 内閣総理大臣名で 現地で それぞれのプレイヤーたちが 協力しながらやりなさい とその一元的管理を 自衛隊がやりなさいというふうに出された指示のペーパーであります(以下の文面のクローズアップ映像)当該要領に従った作業の実施については、(?)現地調整所において一元的に管理すること「任務完遂 無事帰還! みんな笑顔で無事カエル!」と (ご持参された手帳のメモ)これを作戦のモットーにしようと思って 自分なりに こう 戒めとして書いてN:田浦さんは この作戦の命運は ハイパーレスキュー隊にかかっていると考えていました田浦正人(陸上自衛隊中央即応集団 副司令官 当時):あの わたくしは このようにたとえています陸上自衛隊の消防隊は 田舎や地方にある消防団だと思っていますで 東京消防庁は まさに消防の本職だというふうに思っていて えー 火事が起きて とりあえず地元の消防団が駆けつけて初期の消化をしました とそこに本職の東京消防庁 来てくれて よし とN: 3号機の燃料プールは 自衛隊の放水だけでは すぐに水が蒸発してしまう「焼石に水」の状況でした一刻も早い連続放水が 最優先の課題でしたハイパーレスキュー隊の切り札である屈折放水塔車が稼働すれば 燃料プールを一気に水で満たすことができますその水を確保するため 協力な吸引力を持つ機器が投入されますスーパーポンパー(遠距離大量放水装置)です2キロ離れた水源から水をくみ上げ 屈折放射塔車の高さ22メートルの先端まで水を押し出すことができますハイパーレスキュー隊に 自衛隊から 構内の放射線の情報が 提供されます青字で示された数値が 当時 測定された 3号機周辺の放射線量です最も高い所では 毎時300ミリシーベルト被ばくの影響が強く懸念されましたが 線量が一桁低い所もあり 汚染はまだら模様になっていました石井泰弘さんは 放射線を管理し安全を確保する任務 に就いていました石井泰弘(ハイパーレスキュー隊 部隊長 当時):まあ 具体的なですね 放射線量といったものを ある程度 測定ポイントで聞けましたのでまあ ここまで 放射線量が分かっているんだなということで 半面 最悪の事態を想定して行っていましたので まあ この放射線量だけを考えれば なんとか活動はできるだろうN:車両の外でホースをつなぎ放水する隊員などには酸素を発生させる特殊な呼吸器(循環式酸素呼吸器)を着用させました放射性物質を吸い込まないようにするためです(2011年)3月18日 午後3時 Jヴィレッジを出発20キロ先の原発に向かいます---すごい(道路の)段差ですN:部隊は想定外の事態に遭遇します3号機には20分ほどで到着する予定でしたが 道路が崩落 前進を阻まれますその結果 大幅な迂回を余儀なくされたのです現場責任者の一人 木下修さんです一刻を争う中 最新の注意を払って移動しましたが 事前の確認ができていなかったといいます木下修(東京消防庁 特殊災害課 係長 当時):緊急消防援助隊で他県に応援に行っても 地元 まずは まずは 地元の消防に 地元の地の利というものを聞かないと 派遣で行った部隊は活動ができませんので 20キロ圏内は消防機関 警察機関含めて 退避した状態で 地元消防と接触できなかったのですが N:当時 地元の消防署や警察署は避難住民の誘導などに追われ 連絡が取れない状態でした木下修(東京消防庁 特殊災害課 係長 当時):ここは 大いに反省すべきところだと思っています通常の災害であれば 当然ながらその(状況確認)活動はあっただた この こと原発災害については それぞれの連携というところが あの混乱したなかで うまくできなかったということが 事実だと思います
N:想定外の事態はさらに続きます10キロ圏に入った警察の検問で 車内でも放射線防護マスクをつけるよう命じられたのです---原発 見えてきてる---はいN:やむなく酸素を発生する呼吸器を使うことにしましたこれがのちに重大な事態を引き起こすことになりますそして予定より大幅に遅れて 福島第一原発 正面に到着します ---先に モニタリングしてきちゃうから---了解N:放水隊を正門に待機させ 偵察隊が先行して構内に入ります---(偵察隊が携行している線量計の警告音)N:線量計の警告音が鳴り響くなか スーパーポンパーの設置場所を検討します現場には高い放射線を放つ瓦礫や障害物が散乱蓋を流されたマンホールが地面に口を広げていました---この位置 12.5ミリ(シーベルト)N:到着から30分 偵察隊は3号機から800メートル離れた岸壁にポンプの設置場所を決めます---これだったら できるね---えーと 線量率の測定終わって 今ゲートに向かってます どうぞN:しかし正門に戻ると(午後5時30分) 待機しているはずの放水隊の姿がありません実は放水隊が使っていた酸素を発生する呼吸器が使用できるのは2時間想定外の早い着用命令で 酸素の残量が少なくなり 正門から撤退するほかなくなったのです木下修(東京消防庁 特殊災害課 係長 当時):やはり 東電の正門につめている職員からは危機的な状況だとすぐにでも出してもらいたいということがありましたので 我々はここを逃げて帰るのではない と必ず引き返して放水活動をする準備は整っている とただ 今 態勢を整えるために戻っているだけであって この危機的な状況は 我々部隊も認識しているので 必ず継続して放水活動までは持っていくということは おましたN:ハイパーレスキュー隊の一時撤退は 放水作戦に思わぬ波紋を引き起こしますJヴィレッジで指揮を執る松井さんの携帯電話が鳴ります官邸からでした松井晶範(東京消防庁警防部救助課長 当時):まあイヤもう こっち(官邸)は 消防庁ではなくて 自衛隊がやるから そう 決まっているので 消防は引っ込んでいろ といやいや 違うんじゃないですか と次は我々が行くという段取りで こっち(現場)は動いているんですよ自衛隊さんが行くなんていう話はありませんよ ってN:官邸からの電話は 消防庁に代わって 自衛隊に放水させる というものでした当時 官邸では 「東京消防庁が撤退した」という断片的な情報がひとり歩き不信感が高まっていたのです現場で調整役を務めていた田浦さんは 官邸につめていた部下の自衛官に 事情を確認します田浦正人(陸上自衛隊中央即応集団 副司令官 当時):もう 田浦さん 助けてください ともう 自衛隊行ってください と もちません という言い方をしたので (官邸の)現場の空気というのは わたしも感じました今 (東京)消防庁は 展開をしているんだ と自衛隊が行こうとしても 彼らが道をあけるのに何時間もかかる と自衛隊がここから行っても何時間もかかる3時間も4時間もかけて交代した挙句 自衛隊が50トンの水をかけて帰ってくるこれは非効率的だよ と3-4時間あれば(東京)消防庁は水を出せると俺は思うよ とそれをちゃんと説明しなさい とN:田浦さんの意図が伝えられ 官邸は 東京消防庁の任務継続を了承します条件は 一刻も早い 作戦決行でしたハイパーレスキュー隊が戻ってきたとき すでに日は暮れかけていました現場には十分な照明もなく 更なる危険が予測されますそれでも 直ちに放水を行う必要がある と 五十嵐さんは隊員たちに説明します五十嵐幸浩(東京消防庁警防部副参事 当時):あとは やるかやらないか もしかしたら死ぬそのなかで いっしょに行く奴いるかっていう話だけですよねただ 断ってもいい と俺は行け とは言えないただ やらなきゃならないだろうな とただ 断ってもいい と これの繰り返しですよまあ 「五十嵐さんは 責任取れんのか」って なんかあったら取れないでも 行くしかないだろうなN:さいごは 隊員139人 一人一人に 決断が委ねられました
(2011年)3月18日 午後11時---出発してください どうぞ---はい 出発します---現在の測定値400マイクロシーベルトN:ハイパーレスキュー隊の全隊員が 作戦に参加3号機の脇で作業が始まります---よろしくおねがいします---そんなに今 高線量率 出てないんで---慌てるな 足元 注意しろ---この通路 この通路 まんなかより左側 マンホール ポッカリ 穴 あります---活動危険あります---マンホール 左側?---まんなかより左側---まんなかより左N:暗闇の中 声をかけあい 互いの位置を確認しながらの作業が続きます---この地点 線量率 高くありません---活動時間 余裕あります---線量率 高くないから 心配するなN:放射能と暗闇 ふたつの見えない恐怖と戦う隊員屈折放水塔車とスーパーポンパーの設置が完了---ホースはなるべく右側に伸ばしてN:次は障害物を避けて ホースを800メートル伸ばします ---現在 ポンプを異常なし 水中に投下完了---接続完了後 いつでも 放水 はじめN:およそ1時間後 屈折放水車とスーパーポンパーがホースで結ばれ準備完了放水開始の第一報が 免震重要棟に伝えられます(2011年)3月19日 午前0時30分吉田所長:すみません 12時30分注水開始 注水開始本店職員:はい ありがとうございます 吉田所長:(核燃料)プール内に 水が いいところに 水が落ちているという報告が入っていますありがとうございます
N:東京消防庁の作戦は19日も続き 2,500トンの水を原発に放水3号機燃料プールは 放射性物質の拡散という最悪の事態を回避できましたあの日から6年が過ぎ 自衛隊の各部隊は通常任務に戻り 訓練を続けていますしかし 現在も 原子力施設で事故が起きた場合 どう対応するのか自衛隊の任務は明確に定められていません田浦正人(陸上自衛隊中央即応集団 副司令官 当時):即動態勢という面では整っていますしかし 例えば 原子力発電所にすれば 避難民の誘導でありますとか 除染でありますとか モリタリングという態勢は整っていますが 原子炉自体をコントロールするという力については これは想定外ということに違いは変わりはありませんそういった意味では 福島原発では自衛隊が活躍をしてうまくいったので 次 原発で 何か事件か事故があっても 自衛隊が行けば大丈夫だと思うのは 大きな間違いになるというふうに思っていますN:命がけの放水を行った東京消防庁も 原発事故に対応する態勢が整備されないなかで 多くの課題をかかえています松井晶範(東京消防庁警防部救助課長 当時):もし 仮に法律とか変わって 消防が責任をもって行かなければいけなくなったということなれば それは もう 申し訳ありませんけれど 消防学校の勉強から変えていかなければ無理ですねそれぐらい重いですねやはり 個人個人がしっかりと その 原子力の部分の 放射線だとか そういう勉強をした上で 認識した上で 活動してもらわないと 常に不安の中で活動をすることになりますからまあ もし そういう時代が来たとしたら しっかりと東京消防庁なら東京消防庁に入庁した段階で消防学校に入りますので そこで やっぱり 原子力の部分 放射線の部分を 今の何倍も勉強して それで なおかつ 装備も それなりのものを準備していただいてやっていくという形になると思いますけど法律から改正していって もう本当に一から考え直さないと この部分は難しいと思いますねただ まあ 我々は 法律ができようができまいがやれることはやるということは これは もう 絶対的に自信を持って言えますN:あの日 超法規的に集結した部隊によって最悪の事態を回避できた福島第一原発3号機長い廃炉の工程が続きますこれからも起こり得る予測不能な事態に どう対応するのか原発のありかたが問われています201708271005
>法律から改正していって もう本当に一から考え直さないと この部分は難しいと思いますね現時点では法律が改正されず、複数の省庁間の連携には課題が残ったままの社会が、今?
不測の事態が起きてしまって、しかもそれが悪い方向に進展しつつある可能性を想定していて、米軍の駐留を安全保障の根幹に据えている現実がありながら、その米国と、ただちに活動域の危険度を判定する情報を共有しなかったことは異常すぎるわけで、同盟国の人間を危険に晒すことを、当時の政権がどのように評価していたのか考えると恐ろしい。
福島原発事故、原子炉に届いた冷却水は「ほぼゼロ」だったと判明(NHK ...gendai.ismedia.jp/articles/-/52931?page=2福島第一原発事故対応の“切り札”とされた消防車による外部からの注水。それが原子炉へ向かう途中で抜け道があり、十分に届いていなかった。 その可能性を最初に社会に示したのは、メルトダウン取材班だった。 取材班は2011年の事故発生直後から消防車 ...Ceron - 福島原発事故、原子炉に届いた冷却水は「ほぼゼロ」だったと判明 ...ceron.jp › 政治・経済 › 現代ビジネス[講談社]Sep 20, 2017 - 事故から5年半経って原子炉にほとんど水が入っていなかったことが判明した。 ... 「1秒あたり、0・07~0・075リットル」国際機関が検証している最新の注水量。多く見積もっても、1分当たり1・5リットルペットボトルの3本分程度しかない注水量に専門家たちも衝撃を受けた / "福島原発 ..... ほとんど炉心に入っていないことと同じです」
当時の消防車からの吐出量は1時間あたりおよそ60トン。東京電力の1号機事故時運転操作手順書(シビアアクシデント)によれば、この時点での崩壊熱に対して必要な注水量は、15トンとされている。つまり消防車は必要量の4倍の水を配管に注ぎ込んでいたのである。この水が、原子炉、あるいは格納容器の床面にある溶け落ちた核燃料に確実に届いていれば、コンクリートの侵食は十分に止まるはずだった。しかし、消防車から注ぎ込まれた大量の水は、途中で「抜け道」などに流れ込んだことで、原子炉にたどり着いた水は“ほぼゼロ”。コンクリートの侵食は止まることなく、3月23日午前2時半には深さは3・0メートルに達したhttp://gendai.ismedia.jp/articles/-/52931?page=4
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20 件のコメント:
このクラスのポンプ車、高層ビルの多い東京近郊にこそあるはずだけど。
失礼しますね。50M超のコンクリートポンプ車は日本にも数えるほどしかなく、どれもドイツのプツマイスター社製のブームです。上図の車は標準クラスの物でしょうね。
生コン圧送機3台福島入り ピンポイント放水可能に
東日本大震災
58メートルアームを遠隔操作 ドイツ製生コン圧送機
福島第1原発の放水作業に投入されたドイツ製生コン圧送機の同型機(中央建設提供)
Photo By 提供写真
放水作業で、長さ50メートル以上のアームを装備する「生コン圧送機」3台が21日、福島県に入った。三重県四日市市の建設業者が提供を申し出たドイツ製の2台などで、旧ソ連のチェルノブイリ原発事故を封鎖する際に使われた重機と同型。アームを伸ばせば貯蔵プールの真上からピンポイントで放水が可能となる。
建設会社から派遣されたオペレーターが、東電社員に操作方法を教える。自衛隊、東京消防庁が続けている放水と合わせ、使用済み燃料貯蔵プールへの注水を行う予定だが、21日の3号機の発煙の影響で投入は遅れる見通しとなった。
http://www.sponichi.co.jp/society/news/2011/03/22/kiji/K20110322000473870.html
四日市の建設会社原発に向けポンプ車出発 03/21(月) 02:23更新
東日本大震災に伴う福島第一原発の事故で、三重県内の建設会社が高さ50メートルから放水できるポンプ車を提供することになり20日夜、出発した。福島原発に向け出発したのは、三重県四日市市の「中央建設」が所有する、ポンプ車2台で、20日国から出動要請を受けた。このポンプ車は、アームを使って50メートルの高さから1時間あたり150トン程度放水できる他、100メートル離れた場所からも遠隔操作が可能で、放射線の強い場所から離れて作業できるのが強み。ポンプ車は、21日午後にも福島県内に到着し、その後、政府や東京電力の担当者らと放水作業に向けた準備にあたる予定。
公明のチーム力を称賛 | ニュース | 公明党
https://www.komei.or.jp/news/detail/20110927_6229
2011/09/27 - 東京電力福島第1原発事故の対策で活躍した生コン圧送機“キリン”を提供した会社が公明党のチーム力を称賛—。 公明党の山口那津男代表と遠山清彦衆院議員は26日、国会内でドイツのプツマイスター社のノベルト・ショイヒCEO(最高経営 ...
国内最大の生コンポンプ車で原発冷やす :日本経済新聞
https://www.nikkei.com/article/DGXNASFK2200I_S1A320C1000000/
2011/03/22 - 本記事中にある中央建設の2台、丸河商事の1台に加え、プツマイスター社も横浜港にあった1台を派遣しました。 ... 公明代表、第一声の予定変更 飛行機遅延で · 「自公政権以外ない」 衆院選、公明党声明 · 最高裁裁判官国民審査が告示 期 ...
東京新聞:福島原発事故 その時私は [3・17]コンクリポンプ車を提案 出口 ...
www.tokyo-np.co.jp › 特集・連載 › 東日本大震災 › 震災1年特集
2012/03/11 - 大型コンクリートポンプ車を造るドイツのプツマイスター社の日本法人の社長をやってたから、ポンプ車の特徴は分かっている。誰も気付いてないなら、恥をかい ... それで公明党の野上純子都議を紹介してもらえた。 野上さんに「ヘリとか放水車 ...
生コンポンプ車で150トン注水、福島第1原発 :日本経済新聞
https://www.nikkei.com/article/DGXNASFK2301G_T20C11A3000000/
2011/03/23 - ... 建設(三重県四日市市)が2台、丸河商事(岐阜県恵那市)が1台、それぞれブーム長52mのプツマイスター社製のポンプ車を派遣した。 今回は、プツマイスター社が横浜港から持ち込んだブーム長58mのポンプ車が注水作業に当たった。4号機の建屋は5階 ... 写真のように、本来はミキサー車から打設場所までコンクリートを圧送するために使う(写真:プツマイスター社) .
福島原発に水を注入せよ~中央建設株式会社 - 三重プラス
plus-mie.jp/fukushima.html
中央建設が保有するドイツ・プツマイスター社製コンクリートポンプ車の車載アームは最長52メートル。52メートルのアームを持つポンプ車は日本に3台しかなく、中央建設が2台、 ... 長谷川は今度は公明党の樋口四日市市議を通してポンプ車の提供を申し出た。
【吉田調書抄録(8)】注水活動「申し訳ないがすべて意味なかった」 ヘリ放水「セミの小便」
東京電力福島第1原発事故で、所長として現場の指揮を執った吉田昌郎氏の聞き取り調査をまとめた「吉田調書」。8回目は、自衛隊や警察、消防の注水活動に関する証言をまとめた。
〈平成23年3月16日以降、3、4号機の燃料貯蔵プールに燃料を冷却する水があるかが課題となっていた。プールの燃料は水位が下がればむき出しの状態となり被害は甚大となる。爆発で建屋上部が破壊されていたため、上部からの放水が検討されていた〉
〈17日には陸上自衛隊のヘリを使って上空から4回、3号機燃料貯蔵プールへ約30トン放水され、警視庁機動隊と自衛隊の高圧放水車も地上から放水した。19日には東京消防庁の消防車も放水を始めた〉
--ヘリによる放水は午前9時48分に開始とあります
吉田氏「セミの小便みたいですね」
--所長は自衛隊とか警視庁などの人たちが来たときは、そこの責任者と事前に話をするとか、ありましたか
吉田氏「ないです」
--彼らはどういう感じなんですか。
吉田氏「各組織によって違うんです。自衛隊と消防庁、機動隊全部違うんです。指揮命令系統も各々違う。自衛隊さんは自衛隊さんの上の方といろいろ調整して、何時に出動するとか言うんですけども、出動するといってもなかなか出動しないし、途中で引き返すし、何やっているんだという感じでした」
--何でそんな、あれだったのですか
吉田氏「やはり線量の高い所に来るのは、はっきり言ってみんな嫌なんです」
--自衛隊によるヘリ、警視庁の高圧放水車、消防庁の注水とあって、この中でこれは良かった、これは駄目だったというのはありますか
吉田氏「機動隊さんのものは最初に来てもらったんだけれども、余り役に立たなかったんです。要するに効果がなかった」
--効果がないというのは
吉田氏「水が入らなかったということです」
--自衛隊のものはどうでしたか
吉田氏「はっきり言って今から申しますと、すべて意味がなかったです。注水量的に全部入ったとして10トンとか20トンの世界ですから。燃料プールの表面積から考えて全部入ったとしても意味がない」
--消防庁のものは効いてないんですね
吉田氏「全く効いていないです。だから、ヘリも効いてないし、自衛隊さんも申し訳ないけれども量的に効いていないし、消防庁も効いていないし、機動隊は全く効いていなかったと思います」
〈自衛隊、警察、消防が懸命の思いで注水活動にあたったが、高圧放水車や消防車は用途が違うため難航した。22日には新たにコンクリートポンプ車(通称・キリン)が導入され4号機で注水開始。27日にはキリンを3号機にも導入した〉
--(キリンなど)ああいうものはどうなんですか
吉田氏「あれはいいです。あれが来て初めてちゃんと注水できたということです。筒先をプールの近くに持っていって入れますから、ロスがほとんどなくて全部水が入るというのがキリン以降の話です」
--これは東電なり本店からそういう話があったのですか
吉田氏「(自衛隊、警視庁、消防庁の)ピュッピュン作戦は、効いたとしてもずっと続けないといけない。連続注水できるということでコンクリート注入車が使えるのではないかというのが本店からあって、キリン部隊というのを本店で作ってくれたんです。その連中が動かし方などをマスターして、やってみたらそれなりに水が入るということで、自衛隊さん消防庁さんのお世話にならずに済んだということです」
http://www.sankei.com/affairs/print/140825/afr1408250005-c.html
N: 先月(2017年7月)ロボットカメラが初めて福島第一原発3号機内部の映像です
*[2017年7月19日(水)「マンボウ型」ロボット 3号機を本格調査
http://www9.nhk.or.jp/nw9/digest/2017/07/0719.html]
核燃料が溶け落ちた デブリと見られる塊
今も高い放射線と熱を放ち 大量の水を注入して冷却を続けています
あの日 制御不能に陥り 次々と爆発した福島第一原発
東日本全域に「最悪の事態」が及びかねない状況でした
3号機では使用済み核燃料プールの水が蒸発
大量の放射性物質が拡散するおそれがありました
放射線量が高まる中で、国も東京電力もぎりぎりの対応を迫られます
(免震重要棟の映像)
---官邸からちょっと電話があって とにかく急げってことで
当然なんだけど もう線量のこともかまわないで 500ミリ(シ―ベルト)までいいんだから やれって そういう話がありました
N:ふたつの緊急支援部隊が現場に投入されます
陸上自衛隊の任務は 暴走する原発上空からの放水
放射線を防ぐ鉛のベストを着用し 決死の作戦に挑みます
---今、水を投下しました(当時のニュース映像)
金丸章彦(陸上自衛隊 第一ヘリコプター団 団長 当時): 当時できるかぎりのことが処置されて で 後はそれを信じて飛ぶ と
早く冷却しないと まあ 新たな局面というか とんでもないことに発展していくということですから まず なんとか水を入れて 冷却をすると
N:地上では原発に近づくことすら困難な中 東京消防庁ハイパーレスキュー隊が 最新の放水機器を投入
一刻を争うなかで 作業は深夜に及びます
被ばくの危険を抱えた 暗闇の放水作戦
不測の事態が起こりかねません
五十嵐幸浩(東京消防庁警防部副参事 当時):これは相当危険な状態なんだろうな と
もしかしたら 死ぬ
でも 行くしかないだろうな
---この通路 まんなかより左側 マンホール ポッカリ 穴 あります
N:原発事故への対応をもとめられた緊急支援部隊は どのように危機に立ち向かったのか
現場で格闘した隊員たちが はじめてカメラの前で 真相を明かします
第67回 福島県
核燃料プールを冷やせ! 自衛隊と消防 決死の放水作戦
201708271005
N:あの日(2011年3月11日) 巨大地震と津波により 制御不能に陥った福島第一原発
震災翌日(2011年3月12日)には 1号機が水素爆発を起こします
国の原子力緊急事態宣言を受け 陸上自衛隊(大宮駐屯地)では 出動準備がはじまります
埼玉県に駐屯する 中央特殊武器防護隊 です
核兵器や生物・化学兵器によって汚染された地域に出動する部隊です
原発事故での自衛隊の主な任務は 除染などの後方支援
事故を収束させるため 原子力施設に直接対応する任務は 課せられていませんでした
隊長として現場の指揮を執った岩熊真司さん
---じゃあ 行くぞ
---はい
N:岩熊さんへの出動命令には まだ詳細は示されていませんでした
岩熊真司(陸上自衛隊 中央特殊武器防護隊 隊長 当時):我々が受けた命令は 福島第一原発及び第二原発で発生した事案に対処せよ という命令を受けましたので ある一定期間は自己完結的に活動できるような燃料と食糧を持って前進しました
N:避難住民への飲料水提供や除染などに備えて 5トンの給水タンク車を率いて出動しました
(2011年)3月14日、岩熊さんたちが向かったのは第一原発からおよそ5キロ離れた対策拠点のオフサイトセンタ-(原子力災害拠点)です
政府関係者や東京電力 周辺自治体 警察 消防などが集まり 情報収集などに躍起になっていました
ここで岩熊さんは 初めて 福島第一原発そのものへの事故対応 を言い渡されます
そのころ 第一原発では1号機の爆発に続き3号機でも危機が迫っていました
原発構内の免震重要棟です
吉田所長と東電職員が 炉内から冷却水が急速に失われていく事態に危機感を募らせていました
吉田所長:ダウンスケールしちゃったじゃん 水位が
本店職員:水位がダウンスケールしてる?
吉田所長:これねえ 危機的な状況ですよ これ
N:原子炉の水位が下がり 一刻も早く注水しなければ 核燃料がメルトダウン
原子炉が爆発する可能性もあったのです
岩熊さんは上官から「原子炉注水」という異例の任務を命じられ第一原発に向かいます
岩熊真司(陸上自衛隊 中央特殊武器防護隊 隊長 当時):給水ポイントに近付くと やはり 津波で周りが壊されている状況 もありましたので 本当に ここで給水ができるのか という感じは受けました
N:あの日(2011年3月11日) 巨大地震と津波により 制御不能に陥った福島第一原発
震災翌日(2011年3月12日)には 1号機が水素爆発を起こします
国の原子力緊急事態宣言を受け 陸上自衛隊(大宮駐屯地)では 出動準備がはじまります
埼玉県に駐屯する 中央特殊武器防護隊 です
核兵器や生物・化学兵器によって汚染された地域に出動する部隊です
原発事故での自衛隊の主な任務は 除染などの後方支援
事故を収束させるため 原子力施設に直接対応する任務は 課せられていませんでした
隊長として現場の指揮を執った岩熊真司さん
---じゃあ 行くぞ
---はい
N:岩熊さんへの出動命令には まだ詳細は示されていませんでした
岩熊真司(陸上自衛隊 中央特殊武器防護隊 隊長 当時):我々が受けた命令は 福島第一原発及び第二原発で発生した事案に対処せよ という命令を受けましたので ある一定期間は自己完結的に活動できるような燃料と食糧を持って前進しました
N:避難住民への飲料水提供や除染などに備えて 5トンの給水タンク車を率いて出動しました
(2011年)3月14日、岩熊さんたちが向かったのは第一原発からおよそ5キロ離れた対策拠点のオフサイトセンタ-(原子力災害拠点)です
政府関係者や東京電力 周辺自治体 警察 消防などが集まり 情報収集などに躍起になっていました
ここで岩熊さんは 初めて 福島第一原発そのものへの事故対応 を言い渡されます
そのころ 第一原発では1号機の爆発に続き3号機でも危機が迫っていました
原発構内の免震重要棟です
吉田所長と東電職員が 炉内から冷却水が急速に失われていく事態に危機感を募らせていました
吉田所長:ダウンスケールしちゃったじゃん 水位が
本店職員:水位がダウンスケールしてる?
吉田所長:これねえ 危機的な状況ですよ これ
N:原子炉の水位が下がり 一刻も早く注水しなければ 核燃料がメルトダウン
原子炉が爆発する可能性もあったのです
岩熊さんは上官から「原子炉注水」という異例の任務を命じられ第一原発に向かいます
岩熊真司(陸上自衛隊 中央特殊武器防護隊 隊長 当時):給水ポイントに近付くと やはり 津波で周りが壊されている状況 もありましたので 本当に ここで給水ができるのか という感じは受けました
N:あの日(2011年3月11日) 巨大地震と津波により 制御不能に陥った福島第一原発
震災翌日(2011年3月12日)には 1号機が水素爆発を起こします
国の原子力緊急事態宣言を受け 陸上自衛隊(大宮駐屯地)では 出動準備がはじまります
埼玉県に駐屯する 中央特殊武器防護隊 です
核兵器や生物・化学兵器によって汚染された地域に出動する部隊です
原発事故での自衛隊の主な任務は 除染などの後方支援
事故を収束させるため 原子力施設に直接対応する任務は 課せられていませんでした
隊長として現場の指揮を執った岩熊真司さん
---じゃあ 行くぞ
---はい
N:岩熊さんへの出動命令には まだ詳細は示されていませんでした
岩熊真司(陸上自衛隊 中央特殊武器防護隊 隊長 当時):我々が受けた命令は 福島第一原発及び第二原発で発生した事案に対処せよ という命令を受けましたので ある一定期間は自己完結的に活動できるような燃料と食糧を持って前進しました
N:避難住民への飲料水提供や除染などに備えて 5トンの給水タンク車を率いて出動しました
(2011年)3月14日、岩熊さんたちが向かったのは第一原発からおよそ5キロ離れた対策拠点のオフサイトセンタ-(原子力災害拠点)です
政府関係者や東京電力 周辺自治体 警察 消防などが集まり 情報収集などに躍起になっていました
ここで岩熊さんは 初めて 福島第一原発そのものへの事故対応 を言い渡されます
そのころ 第一原発では1号機の爆発に続き3号機でも危機が迫っていました
原発構内の免震重要棟です
吉田所長と東電職員が 炉内から冷却水が急速に失われていく事態に危機感を募らせていました
吉田所長:ダウンスケールしちゃったじゃん 水位が
本店職員:水位がダウンスケールしてる?
吉田所長:これねえ 危機的な状況ですよ これ
N:原子炉の水位が下がり 一刻も早く注水しなければ 核燃料がメルトダウン
原子炉が爆発する可能性もあったのです
岩熊さんは上官から「原子炉注水」という異例の任務を命じられ第一原発に向かいます
岩熊真司(陸上自衛隊 中央特殊武器防護隊 隊長 当時):給水ポイントに近付くと やはり 津波で周りが壊されている状況 もありましたので 本当に ここで給水ができるのか という感じは受けました
N:そのころ220キロ離れた東京では 国が東京消防庁への緊急出動を検討していました
注目されていたのは ハイパーレスキュー隊です
阪神淡路大震災の教訓から生まれたこの部隊は 特別な技能を持つ隊員と最新の装備で編成されています
東京都を主な活動エリアとし 大規模災害や特殊な事故 火災などへの対応を任務としています
当時 現場で陣頭指揮を執っていた五十嵐幸浩です
震災への緊急対応に追われていましたが 原発事故への支援要請が出るのではと考え 準備を始めていました
五十嵐幸浩(東京消防庁警防部副参事 当時):もし 国の方から東京消防庁に出動の依頼が来た場合に対して どういう部隊を揃えるか どういった人員を揃えるか あとはどういう人間をセレクションすべきなのかというのは まあ シミュレートの中で始めてはいました
40メートル級のはしごを持っていけばできるかな とかですね
ただ 被ばくしてしまうよな とか
そういった放水はできるけれども 隊員としては原発に晒されてしまうという その相反(あいはん)するなかで どうしたらいいんだろう的な話では まあ 庁内 動いていましたね
作戦室の中では そういう話で動いていました
N:切り札として考えていたのは 高層ビルなどの火災で威力を発揮する 屈折放水塔車
22メートルの高さから 毎分3,800リットルの大量放水を行えます
しかし 消防庁が福島の原発事故に対応するには越えなくてはならない壁がありました
地方公務員である消防隊員は 所属する自治体の住民の安全を最優先することが職責とされていたのです
当時 指揮官の一人だった松井晶範です
東京消防庁が原発事故に隊員を派遣して協力するのは難しいと考えていました
松井晶範(東京消防庁警防部救助課長 当時):東京が(震度)5強を記録していましたので まずは東京都内の災害状況をしっかりと把握すると
青海の方で黒煙がすごく上昇したりだとか
あとは、そのあとすぐに入ってきたのが 九段会館で 多数の方が天井が崩落をして 生き埋めになっているのではないかとか そういう情報が入ってきていましたので これはやっぱり被害がかなり出ているなと
都内の状況が確認できないので もう少し都内の状況が確認できたら すぐに準備させるので ということで ちょっと 間があいたのも事実ですね
それは ちょっと 我々が東京都民の安全確保も大切なので やむを得なかったなあとは思んですけれど
N:しかし 東京消防庁への出動が検討されている間にも 事故は一層深刻化していきます
3号機では新たな危機が浮上します
原子炉建屋の上部にあるプールには 大量の使用済み核燃料が保管されていました
その水が干上がると 核燃料が溶け 放射性物質が 壊れた屋根から拡散するおそれがあります
東日本全域に汚染が広がる深刻な事態が予想されたのです
松井晶範(東京消防庁警防部救助課長 当時):で 東京も いよいよ もしかしたら汚染されるかもしれないという状況になったときに まあ あの わたくし はじめから申しましたとおり 東京都民を守るのが我々の仕事ですから 東京都民が汚染されるとなるのであれば それを 汚染元をおさえるというのも 我々の仕事にもなってきます
じゃあ 使用済み核燃料のプールに水を入れようじゃないか と
で まあ 屋根が開いているんだから 上から入れるしかないなと
あっ これはもしかすると まあ 水を使う部隊としては 我々が入れるのは 我々が一番プロなんだから あるかもわかんないなということで
N:燃料プールの深刻な事態に どう対処するかは 官邸の危機管理センターでも 最優先課題になっていました
その渦中で 陸上自衛隊に新たな指令が下されます
原発上空からの放水作戦です
防衛省から 陸上自衛隊 第一ヘリコプター団に出動命令が出ます
当時 作戦を指揮した 団長の 金丸章彦さんは すぐに偵察飛行に取り組みます
空からの放水を成功させる条件を見極めるためでした
飛行する高度を高くすれば隊員が被ばくする危険は減ります
一方 低く飛んだ方が 水が原発に命中する確率は高まります
金丸さんは隊員を被ばくから守るために ヘリコプター内に 放射線を防ぐ特殊なシートを敷き詰めます
そして 隊員には 重さ20キロの鉛のジャケット
その上に 放射能を防ぐ防護服とマスクを着用して 被ばくを最小限に抑える対策をとります
金丸章彦(陸上自衛隊 第一ヘリコプター団 団長 当時):あれが UH-60 というヘリですけれども あれが先行して 原発の上空で線量を測りました
N:隊員の安全と作戦の成功が両立するギリギリの高度を探ったのです
金丸章彦(陸上自衛隊 第一ヘリコプター団 団長 当時):偵察したそれぞれの高度における線量っていうのが メモでまいりました
これが そうなんですけども
これが100フィート 247から280ミリシーベルト
高度が300フィート 500フィート 1,000フィートと上がっていきますけれども 3ミリシーベルトですね
だから 1,000フィートまで上がると かなり線量が落ちる と
ただ 有効に水を撒く100フィートから300フィートまではけっこう高い線量だな と
まあ これだけの線量の中でも防護衣を着て鉛のベストを着て 短時間であれば 隊員は被ばくしないんだというのは 16日の夜の段階で ある意味の 安心感っていうか
N:(2011年)3月17日 午前8時 (Jヴィレッジ 福島県 楢葉町)
作戦が実施されます
当時の映像 実況中継の音声
自衛隊のヘリコプターが停まっています
N:大型ヘリコプター2機が 準備を開始
当時の映像 実況中継の音声
---ヘリコプターのまわりには白い防護服でしょうか 白い防護服を着た隊員が何名もいます
N:実は この作戦はもう一つ大きな問題を抱えていました
空から投下される大量の海水が燃料棒に与える衝撃です
原発職員:万が一 燃料が 頭が 一部出てると そこに冷たい水が来ると 当然 破裂する可能性があります
連続監視して 急な立ち上がりがあったら 速やかに退避するとか そういう態勢準備も必要かと思います
吉田所長:はい そうなんだけど そういう手順書をちゃんとさ 本店(東京電力)で作っておいてほしいのよ
本店職員:はい あの 了解しました
吉田所長:ないの? そういうもの
だって そういうものなしにさ ただ 水入れれば良いと思っていたのかよ
周りで 我々 見てんだぜ
それで お前 爆発したら また 死んじゃうんだぜ
やるけどさ これ 今
やらないといけないことは わかるけどさ
だったら もっと真剣にそういうものは 作っておいてくれよっ
N:ヘリコプターで運ばれる海水は およそ8トン
落下の衝撃を いかに和らげるかが課題でした
金丸章彦(陸上自衛隊 第一ヘリコプター団 団長 当時):ちょうど山火事のときに 空中消火やりますけれど あれに似たようなやり方でやるべきだな と
そこはホバリングして ドーンと撒くっていうよりも ある程度の前進速度をもって 少し分散するような形で水を撒く
当時の映像 実況中継の音声:今 上空から ヘリコプターが 第3号機に向かって飛行しています
今 水を投下しました
(2011年)3月17日 午前9時48分 1回目の放水が行われます
金丸章彦(陸上自衛隊 第一ヘリコプター団 団長 当時):どの程度 水が燃料プールに入ったかというのは分かりませんけれども 合計で約30トンの水を原子炉に放水することができた と
しかも それは安全にやり遂げた ということで 任務は達成したというふうに思いました
N:この作戦によって 一定の圧力で放水すれば 爆発を避けられることが 初めて確かめられたのです
しかし 燃料プールの容量は1,500トン
それを満たすには数百回の放水が必要になります
作戦本部の副司令官だった 田浦正人さんです
さらに効率的な放水が必要だと考えました
田浦正人(陸上自衛隊中央即応集団 副司令官 当時):当時 現場で えー 原子炉自体の温度というのは採れていました
で ヘリの放水があったときには もちろん温度は下がっておりました
非常にそれは喜ばしいことなんですけれども しばらくすると また元に戻るということで
えー 非常に ハイリスク ローリターン
これは もう 計算をしましたが 天文学的な数字になってしまう
であれば 早く我々も地上放水の手立てを確立をして 地上放水を実現しなければ 空中放水だけではこの事態は収まらないな と
N:田浦さんの要請を受け全国の自衛隊の航空基地から消防車(救難消防車)が動員されます
10トンの水を搭載できる消防車で 水をピストン輸送して放水します
隊員が被ばく限度を超えないように交代で作業を行う人海戦術です
原発の暴走をくいとめるため 崩れた屋根を目がけ 懸命に放水を繰り返します
それでも 途切れなく放水を続けるのは難しく 作戦の見直しが急務となりました
N:この窮地を救うには東京消防庁の力を借りるほかない
総理大臣が東京都知事に正式に出動を要請
ハイパーレスキュー隊に招集がかかります
足立区の消防本部に このときに備えてきた隊員たちが集結します
原発事故への対応を準備してきた五十嵐幸浩です
指揮官の一人として作戦に参加します
五十嵐幸浩(東京消防庁警防部副参事 当時):総監がこちらに、我々はそちらに百数十名が待機して 言葉を頂戴した と
取材者:どういった言葉を? なにか印象深い言葉って 覚えてますか?
五十嵐幸浩(東京消防庁警防部副参事 当時):そうですね 通常使わない 「国難に対して対応してくれ」 と
国運 国の運命 がかかっているところに 我々 東京消防庁の部隊が対応する というのは非常に緊張しましたね はい
N:(2011年)3月18日 午前3時20分 ハイパーレスキュー隊を中心とした総勢139人の部隊が福島第一原発に向かいます
原発事故収束の重責を担う 東京消防庁 初のミッションです
その日の午後 松井さんと五十嵐さんは Jビレッジに設けられた放水作戦の前線拠点に到着します
作戦室には放射能に汚染された原発構内で作業に携わってきた 自衛隊 警察 などの指揮官が集まっていました
松井晶範(東京消防庁警防部救助課長 当時):どう変化をする災害かというのが分からなかったので やはり緊張感がすごくありますよね
静かに淡々とやることをやって 終わったら引きあげよう っていうような意識の中で 我々も そうするんだよ ということを しっかりとそれは言っていましたから
もう 変な話 余計なことはするな と
やることをやったら 引きあげようという意識を持たせていましたので やっぱり 静かでした みなさん
N:省庁間の組織の壁を越えて 初めて行われる合同作戦
国から調整役を指名されたのは自衛隊でした
田浦正人(陸上自衛隊中央即応集団 副司令官 当時):えー ファックスで カタカタカタカタと出てきて わたくしどもは 「おおー こういうのが出たんだ」と
原子力災害対策本部長である 内閣総理大臣名で 現地で それぞれのプレイヤーたちが 協力しながらやりなさい と
その一元的管理を 自衛隊がやりなさいというふうに出された指示のペーパーであります
(以下の文面のクローズアップ映像)
当該要領に従った作業の実施については、(?)現地調整所において一元的に管理すること
「任務完遂 無事帰還! みんな笑顔で無事カエル!」と (ご持参された手帳のメモ)
これを作戦のモットーにしようと思って 自分なりに こう 戒めとして書いて
N:田浦さんは この作戦の命運は ハイパーレスキュー隊にかかっていると考えていました
田浦正人(陸上自衛隊中央即応集団 副司令官 当時):あの わたくしは このようにたとえています
陸上自衛隊の消防隊は 田舎や地方にある消防団だと思っています
で 東京消防庁は まさに消防の本職だというふうに思っていて えー 火事が起きて とりあえず地元の消防団が駆けつけて初期の消化をしました と
そこに本職の東京消防庁 来てくれて よし と
N: 3号機の燃料プールは 自衛隊の放水だけでは すぐに水が蒸発してしまう「焼石に水」の状況でした
一刻も早い連続放水が 最優先の課題でした
ハイパーレスキュー隊の切り札である屈折放水塔車が稼働すれば 燃料プールを一気に水で満たすことができます
その水を確保するため 協力な吸引力を持つ機器が投入されます
スーパーポンパー(遠距離大量放水装置)です
2キロ離れた水源から水をくみ上げ 屈折放射塔車の高さ22メートルの先端まで水を押し出すことができます
ハイパーレスキュー隊に 自衛隊から 構内の放射線の情報が 提供されます
青字で示された数値が 当時 測定された 3号機周辺の放射線量です
最も高い所では 毎時300ミリシーベルト
被ばくの影響が強く懸念されましたが 線量が一桁低い所もあり 汚染はまだら模様になっていました
石井泰弘さんは 放射線を管理し安全を確保する任務 に就いていました
石井泰弘(ハイパーレスキュー隊 部隊長 当時):まあ 具体的なですね 放射線量といったものを ある程度 測定ポイントで聞けましたのでまあ ここまで 放射線量が分かっているんだなということで 半面 最悪の事態を想定して行っていましたので まあ この放射線量だけを考えれば なんとか活動はできるだろう
N:車両の外でホースをつなぎ放水する隊員などには酸素を発生させる特殊な呼吸器(循環式酸素呼吸器)を着用させました
放射性物質を吸い込まないようにするためです
(2011年)3月18日 午後3時 Jヴィレッジを出発
20キロ先の原発に向かいます
---すごい(道路の)段差です
N:部隊は想定外の事態に遭遇します
3号機には20分ほどで到着する予定でしたが 道路が崩落 前進を阻まれます
その結果 大幅な迂回を余儀なくされたのです
現場責任者の一人 木下修さんです
一刻を争う中 最新の注意を払って移動しましたが 事前の確認ができていなかったといいます
木下修(東京消防庁 特殊災害課 係長 当時):緊急消防援助隊で他県に応援に行っても 地元 まずは まずは 地元の消防に 地元の地の利というものを聞かないと 派遣で行った部隊は活動ができませんので
20キロ圏内は消防機関 警察機関含めて 退避した状態で 地元消防と接触できなかったのですが
N:当時 地元の消防署や警察署は避難住民の誘導などに追われ 連絡が取れない状態でした
木下修(東京消防庁 特殊災害課 係長 当時):ここは 大いに反省すべきところだと思っています
通常の災害であれば 当然ながらその(状況確認)活動はあった
だた この こと原発災害については それぞれの連携というところが あの混乱したなかで うまくできなかったということが 事実だと思います
N:想定外の事態はさらに続きます
10キロ圏に入った警察の検問で 車内でも放射線防護マスクをつけるよう命じられたのです
---原発 見えてきてる
---はい
N:やむなく酸素を発生する呼吸器を使うことにしました
これがのちに重大な事態を引き起こすことになります
そして予定より大幅に遅れて 福島第一原発 正面に到着します
---先に モニタリングしてきちゃうから
---了解
N:放水隊を正門に待機させ 偵察隊が先行して構内に入ります
---(偵察隊が携行している線量計の警告音)
N:線量計の警告音が鳴り響くなか スーパーポンパーの設置場所を検討します
現場には高い放射線を放つ瓦礫や障害物が散乱
蓋を流されたマンホールが地面に口を広げていました
---この位置 12.5ミリ(シーベルト)
N:到着から30分 偵察隊は3号機から800メートル離れた岸壁にポンプの設置場所を決めます
---これだったら できるね
---えーと 線量率の測定終わって 今ゲートに向かってます どうぞ
N:しかし正門に戻ると(午後5時30分) 待機しているはずの放水隊の姿がありません
実は放水隊が使っていた酸素を発生する呼吸器が使用できるのは2時間
想定外の早い着用命令で 酸素の残量が少なくなり 正門から撤退するほかなくなったのです
木下修(東京消防庁 特殊災害課 係長 当時):やはり 東電の正門につめている職員からは危機的な状況だと
すぐにでも出してもらいたいということがありましたので 我々はここを逃げて帰るのではない と
必ず引き返して放水活動をする準備は整っている と
ただ 今 態勢を整えるために戻っているだけであって この危機的な状況は 我々部隊も認識しているので 必ず継続して放水活動までは持っていくということは おました
N:ハイパーレスキュー隊の一時撤退は 放水作戦に思わぬ波紋を引き起こします
Jヴィレッジで指揮を執る松井さんの携帯電話が鳴ります
官邸からでした
松井晶範(東京消防庁警防部救助課長 当時):まあイヤもう こっち(官邸)は 消防庁ではなくて 自衛隊がやるから そう 決まっているので 消防は引っ込んでいろ と
いやいや 違うんじゃないですか と
次は我々が行くという段取りで こっち(現場)は動いているんですよ
自衛隊さんが行くなんていう話はありませんよ って
N:官邸からの電話は 消防庁に代わって 自衛隊に放水させる というものでした
当時 官邸では 「東京消防庁が撤退した」という断片的な情報がひとり歩き
不信感が高まっていたのです
現場で調整役を務めていた田浦さんは 官邸につめていた部下の自衛官に 事情を確認します
田浦正人(陸上自衛隊中央即応集団 副司令官 当時):もう 田浦さん 助けてください と
もう 自衛隊行ってください と もちません という言い方をしたので (官邸の)現場の空気というのは わたしも感じました
今 (東京)消防庁は 展開をしているんだ と
自衛隊が行こうとしても 彼らが道をあけるのに何時間もかかる と
自衛隊がここから行っても何時間もかかる
3時間も4時間もかけて交代した挙句 自衛隊が50トンの水をかけて帰ってくる
これは非効率的だよ と
3-4時間あれば(東京)消防庁は水を出せると俺は思うよ と
それをちゃんと説明しなさい と
N:田浦さんの意図が伝えられ 官邸は 東京消防庁の任務継続を了承します
条件は 一刻も早い 作戦決行でした
ハイパーレスキュー隊が戻ってきたとき すでに日は暮れかけていました
現場には十分な照明もなく 更なる危険が予測されます
それでも 直ちに放水を行う必要がある と 五十嵐さんは隊員たちに説明します
五十嵐幸浩(東京消防庁警防部副参事 当時):あとは やるかやらないか もしかしたら死ぬ
そのなかで いっしょに行く奴いるかっていう話だけですよね
ただ 断ってもいい と
俺は行け とは言えない
ただ やらなきゃならないだろうな と
ただ 断ってもいい と これの繰り返しですよ
まあ 「五十嵐さんは 責任取れんのか」って なんかあったら
取れない
でも 行くしかないだろうな
N:さいごは 隊員139人 一人一人に 決断が委ねられました
(2011年)3月18日 午後11時
---出発してください どうぞ
---はい 出発します
---現在の測定値400マイクロシーベルト
N:ハイパーレスキュー隊の全隊員が 作戦に参加
3号機の脇で作業が始まります
---よろしくおねがいします
---そんなに今 高線量率 出てないんで
---慌てるな 足元 注意しろ
---この通路 この通路 まんなかより左側 マンホール ポッカリ 穴 あります
---活動危険あります
---マンホール 左側?
---まんなかより左側
---まんなかより左
N:暗闇の中 声をかけあい 互いの位置を確認しながらの作業が続きます
---この地点 線量率 高くありません
---活動時間 余裕あります
---線量率 高くないから 心配するな
N:放射能と暗闇 ふたつの見えない恐怖と戦う隊員
屈折放水塔車とスーパーポンパーの設置が完了
---ホースはなるべく右側に伸ばして
N:次は障害物を避けて ホースを800メートル伸ばします
---現在 ポンプを異常なし 水中に投下完了
---接続完了後 いつでも 放水 はじめ
N:およそ1時間後 屈折放水車とスーパーポンパーがホースで結ばれ準備完了
放水開始の第一報が 免震重要棟に伝えられます
(2011年)3月19日 午前0時30分
吉田所長:すみません 12時30分
注水開始 注水開始
本店職員:はい ありがとうございます
吉田所長:(核燃料)プール内に 水が いいところに 水が落ちているという報告が入っています
ありがとうございます
N:東京消防庁の作戦は19日も続き 2,500トンの水を原発に放水
3号機燃料プールは 放射性物質の拡散という最悪の事態を回避できました
あの日から6年が過ぎ 自衛隊の各部隊は通常任務に戻り 訓練を続けています
しかし 現在も 原子力施設で事故が起きた場合 どう対応するのか
自衛隊の任務は明確に定められていません
田浦正人(陸上自衛隊中央即応集団 副司令官 当時):即動態勢という面では整っています
しかし 例えば 原子力発電所にすれば 避難民の誘導でありますとか 除染でありますとか モリタリングという態勢は整っていますが 原子炉自体をコントロールするという力については これは想定外ということに違いは変わりはありません
そういった意味では 福島原発では自衛隊が活躍をしてうまくいったので 次 原発で 何か事件か事故があっても 自衛隊が行けば大丈夫だと思うのは 大きな間違いになるというふうに思っています
N:命がけの放水を行った東京消防庁も 原発事故に対応する態勢が整備されないなかで 多くの課題をかかえています
松井晶範(東京消防庁警防部救助課長 当時):もし 仮に法律とか変わって 消防が責任をもって行かなければいけなくなったということなれば それは もう 申し訳ありませんけれど 消防学校の勉強から変えていかなければ無理ですね
それぐらい重いですね
やはり 個人個人がしっかりと その 原子力の部分の 放射線だとか そういう勉強をした上で 認識した上で 活動してもらわないと 常に不安の中で活動をすることになりますから
まあ もし そういう時代が来たとしたら しっかりと東京消防庁なら東京消防庁に入庁した段階で消防学校に入りますので そこで やっぱり 原子力の部分 放射線の部分を 今の何倍も勉強して それで なおかつ 装備も それなりのものを準備していただいてやっていくという形になると思いますけど
法律から改正していって もう本当に一から考え直さないと この部分は難しいと思いますね
ただ まあ 我々は 法律ができようができまいがやれることはやるということは これは もう 絶対的に自信を持って言えます
N:あの日 超法規的に集結した部隊によって最悪の事態を回避できた福島第一原発3号機
長い廃炉の工程が続きます
これからも起こり得る予測不能な事態に どう対応するのか
原発のありかたが問われています
201708271005
>法律から改正していって もう本当に一から考え直さないと この部分は難しいと思いますね
現時点では法律が改正されず、複数の省庁間の連携には課題が残ったままの社会が、今?
不測の事態が起きてしまって、しかもそれが悪い方向に進展しつつある可能性を想定していて、米軍の駐留を安全保障の根幹に据えている現実がありながら、その米国と、ただちに活動域の危険度を判定する情報を共有しなかったことは異常すぎるわけで、同盟国の人間を危険に晒すことを、当時の政権がどのように評価していたのか考えると恐ろしい。
福島原発事故、原子炉に届いた冷却水は「ほぼゼロ」だったと判明(NHK ...
gendai.ismedia.jp/articles/-/52931?page=2
福島第一原発事故対応の“切り札”とされた消防車による外部からの注水。それが原子炉へ向かう途中で抜け道があり、十分に届いていなかった。 その可能性を最初に社会に示したのは、メルトダウン取材班だった。 取材班は2011年の事故発生直後から消防車 ...
Ceron - 福島原発事故、原子炉に届いた冷却水は「ほぼゼロ」だったと判明 ...
ceron.jp › 政治・経済 › 現代ビジネス[講談社]
Sep 20, 2017 - 事故から5年半経って原子炉にほとんど水が入っていなかったことが判明した。 ... 「1秒あたり、0・07~0・075リットル」国際機関が検証している最新の注水量。多く見積もっても、1分当たり1・5リットルペットボトルの3本分程度しかない注水量に専門家たちも衝撃を受けた / "福島原発 ..... ほとんど炉心に入っていないことと同じです」
当時の消防車からの吐出量は1時間あたりおよそ60トン。東京電力の1号機事故時運転操作手順書(シビアアクシデント)によれば、この時点での崩壊熱に対して必要な注水量は、15トンとされている。つまり消防車は必要量の4倍の水を配管に注ぎ込んでいたのである。
この水が、原子炉、あるいは格納容器の床面にある溶け落ちた核燃料に確実に届いていれば、コンクリートの侵食は十分に止まるはずだった。
しかし、消防車から注ぎ込まれた大量の水は、途中で「抜け道」などに流れ込んだことで、原子炉にたどり着いた水は“ほぼゼロ”。コンクリートの侵食は止まることなく、3月23日午前2時半には深さは3・0メートルに達した
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/52931?page=4
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