2016年10月25日火曜日

立ち小便に悩むドイツのウルム大聖堂 建物が腐食 追記アリ

ドイツ南部にあるウルム大聖堂が男性の立ち小便に悩まされている。歴史的建造物の壁が尿に含まれる塩分と酸によって腐食しているという。

ゴシック建築のウルム大聖堂は尖塔が161.53メートルあり、世界で最も高い教会堂建築だ。ウルム市は今年、立ち小便の罰金をこれまでの2倍の100ユーロ(約1万1360円)に引き上げたが、状況は改善していない。

市の担当者ミヒャエル・ヒルベルト氏は地元紙ズードベストに対し、「半年間、気を付けて見ているが、またもや小便と吐しゃ物で覆われている」と語った。ヒルベルト氏は、自分は「ピンケルポリツァイ」(小便警察)ではないとしながらも、反社会的な行為に対し当局の対応が必要だと語った。「法と秩序の維持が問題になっている」。

放送局ドイチェ・ベレによると、教会は最近多額の費用をかけて修復されたばかりだという。

教会のある町では良くあることだが、ウルム大聖堂の周りでも催し物が年中開かれている。主催者は無料トイレを提供して、用を足したくなった男性が教会に行こうと思わなくするようにすべきだとヒルベルト氏は主張する。

市の広報担当はズードベスト紙に対し、警官の巡回を増やしているが、最近では立ち小便の現場を捕まえたことがほとんどないと話す一方、罰金の引き上げは効果がなかったと認めた。この広報担当は、人間がいる限り問題はなくならないと述べた。

ウルム大聖堂は、2026年にスペイン東北部バルセロナで「サグラダ・ファミリア」が完成した際に、世界で最も高い教会という称号を譲ることになる。サグラダ・ファミリアは完成時に172.5メートルの高さになる予定。

(英語記事 Pee problem eroding world's tallest church)
http://www.bbc.com/japanese/37759587





ウルム大聖堂(ウルムだいせいどう、ドイツ語: Ulmer Münster)は、ドイツバーデン=ヴュルテンベルク州ウルムにあるゴシック様式[1]大聖堂ルター派ヴュルテンベルク福音主義州教会に属している[2]
尖塔を含めて高さが162メートルほどあり(正確には161.53メートル[2][3])、現在でも教会堂建築としては世界一の高さである[4]。展望台が141メートル地点に設けてあり、768段の階段で上がることも可能[3]

歴史・建築

1377年起工[4][3]、献堂は1383年[4]。起工はパルラー家初代のハインリヒ・フォン・グミュントによって[5]教区教会堂として行われたが[4]、1392年に市民の威を見せるためとして大聖堂並みの規模にするよう設計の変更が行われた[4]身廊部はおおむね1420年ごろに完成したが、鐘塔の完成は1890年まで待たねばならなかった[4]。完成はこの1890年時点とされている[3]第二次世界大戦ウルム爆撃によって市街の多くの建造物が破壊された際にも、大聖堂は破壊を免れた[5]。ちなみに1529年から1844年まで工事は中断されている[1]

1377年当初の計画ではハレンキルヘとして設計されたが、1392年の設計変更により3廊式のバシリカ式とされた[4][5]。身廊は大アーケードと高窓のみの2層式で構成され、天井までは42メートルで、リブ・ヴォールトが架けられている[4]。16世紀には側廊それぞれの中間に柱列をおき、5廊式とした[4]内陣は身廊部と比して小さく簡素と評される[4]


追記








ルイス・デンビッツ=ブランダイス(Louis Dembitz Brandeis、1856年11月13日 - 1941年10月5日)は、アメリカ法律家ハーバード大学ロー・スクール教授合衆国最高裁判所判事
ケンタッキー州に生まれる。両親ともチェコから移住したユダヤ教徒1875年ハーバード・ロー・スクール入学。1879年から1916年にかけて、ボストンで弁護士を開業していた。
1890年、元同僚のサミュエル・D・ウォーレン(Samuel D. Warren)とともにハーバード・ロー・レビュー(1890年12月15日号)にて論文"The Right to Privacy"を発表、初めてプライバシー権の法理を主張。
1907年から1914年の間に、オレゴン州イリノイ州の女性10時間労働法、オハイオ州の9時間労働法、カリフォルニア州の8時間労働法、オレゴン州の最低賃金法などの違憲性を主張した。若干の州において、最低賃金法、独占禁止などの合憲性を主張したりもした。
1907年から1913年までは、ニューヨーク・ニューヘイブン・アンド・ハートフォード鉄道 の運輸独占に反対し、労働者の基本的権利を保持した(この間、階級闘争を意識した発言が目立つ)。
多くの事実的データを記した趣意書 "Brandeis brief" の方式を導入した。
1916年ウィルソン大統領によって、ユダヤ教徒最初の合衆国最高裁判所陪席判事に任命される。アメリカ労働法学の理論的基礎をなすような、多くの判決を下した。リベラルな立場からニュー・ディールNew Deal) の主な立法を合憲としたことが知られる。1939年退職。1941年に死去した。
シオニストとして、イスラエルの地にユダヤ教徒国家を再建しようとする運動を支持した






、、、(爆wwwwwwww

3 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

日本国際フォーラム@チュリス赤坂から芋づる式に
http://tokumei10.blogspot.jp/2016/10/blog-post_66.html

ブランダイス大学 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%80%E3%82%A4%E3%82%B9%E5%A4%A7%E5%AD%A6

>歴史
>校名は初めはアルバート・アインシュタインを記念してアインシュタイン大学と命名する予定だったが、当時まだ在命中のアインシュタインはこれに反対し、結局ユダヤ教徒としてはじめて最高裁の判事に任命されたルイス・ブランダイスを記念して命名された。

てんこもり野郎 さんのコメント...

>アルバート・アインシュタイン
ちょうど追記中でした。
シンクロしましたね。(爆wwwwwwww

匿名 さんのコメント...

>団長

たまたまです。むしろ「あれ、団長が珍しく見落とし?」とは思いましたが…。



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